「再エネ100%」は夢物語ではない

ウクライナ戦争による一時的な化石燃料回帰、原発推進のGX法案成立、新電力の相次ぐ撤退など、再生可能エネルギー電力に逆風が吹いている。しかし、調達電力の9割以上が再エネの「みんな電力」を運営するUPDATER(アップデーター)の大石英司社長は、今できることを着実に進めれば、再エネ100%の未来も十分に可能だと言い切る。(オルタナ副編集長・長濱慎)

大石英司・UPDATER代表取締役社長(撮影・川畑嘉史)
大石英司・UPDATER代表取締役社長(撮影・川畑嘉史)

■大石英司(おおいし・えいじ)
UPDATER代表取締役社長。1969年生まれ。広告制作会社、凸版印刷勤務を経て2011年にみんな電力を創業。2016年から再エネ電力の小売事業を開始。2021年10月に社名をUPDATERに変更。

■再エネ普及は人々の強い要請

――電力価格の高騰や新電力の撤退など、再エネに厳しい状況が続いています。

供給サイドでは、そう言えるかもしれません。しかし需要サイドに目を向ければ、再エネ電力は着実に普及しています。みんな電力も電気代高騰を受け、一部のプランについては値上げに踏み切らざるを得ませんでした。

これは苦渋の決断でしたが、法人・個人ともに価格を理由に契約を止めた顧客はほとんどいませんでした。法人の離脱率は1%未満に過ぎず、それ以上に新規契約による純増分があるので「再エネが厳しい」という感覚はありません。

現在の状況は、2016年の電力小売全面自由化から無節操に繰り広げられてきた値下げ合戦が立ち行かなくなっただけで、むしろ正常に戻っているだけと捉えています。

――顧客の多くは、価格だけではない再エネの価値を理解してくれているのですね。

みんな電力は2011年の設立当初から「顔の見える電力」を掲げ、生産者から再エネ電力を直接仕入れて、それを欲しい人々に販売してきました。

現在の契約数は法人約1000社(6000拠点)、個人約15000世帯で、これからもっと増えていきそうな手応えを感じています。これだけ多くの皆さまに、私たちが提供する価値を理解してもらえているのはとても心強いことです。

まさに「需要が供給をつくる」で、人々の選択がさらなる再エネの普及を後押しする「パワー」になると確信しています。

――企業も目先の利益ではなく、中長期的な視点を重視するようになっているのでしょうか。

今や再エネへのシフトは世界的な潮流です。気候危機対策はもちろんですが、再エネ電力を増やすことでCDP 、SBT、RE100といった国際的なイニシアティブの評価が高まりますし、それによって新たな投資を呼び込むことも可能になります。

環境問題や社会問題に関心の高いZ世代の支持も得られ、持続可能な企業経営にもつながるでしょう。私たちの顧客企業では、すでに自社ビジネスが社会課題の解決に直結しているケースも珍しくありません。

あえて「再エネの危機」を挙げるとすれば、「実質再エネ」ばかりが普及してしまうことです。クレジットや非化石証書によって、火力や原子力由来でも再エネ電力を購入したと見なされます。これが「ちゃんとした再エネ」の普及を妨げるとしたら、大きな問題です。

もうひとつの課題は、発電所の種類です。再エネなら何でも良いわけでなく、地域住民の同意なく森林を伐採して建てたメガソーラーや、持続性のない木質ペレットの大量輸入に頼らざるを得ない大規模バイオマス発電はグリーンウォッシュに他なりません。

再エネはあくまでも地産地消が前提で、地域に根差したものであるべきです。私たちは独自の調達基準を設け、地域の合意が得られ、環境アセスメントも問題のない再エネ電力だけを調達・供給しています。

■「再エネ100%」前倒し達成を

――グリーンウォッシュを見極めるには、生産者から消費者に至るサプライチェーン全体のトレーサビリティが重要ですね。

私たちは独自開発のブロックチェーン技術によって、どの再エネ発電所の電力を、どの顧客がどのぐらい使ったかを可視化しています。2022年3月には機能をアップデートし、トランザクション(取引記録)処理速度の高速化や、より多くのデータ量を扱えるシステム体制を構築しました。

こうしてトランスペアレンシー(透明性)を確保できればグリーンウォッシュを防ぐことができます。

もうひとつ力を入れて取り組んでいるのが、蓄電システムの開発です。天候任せの太陽光や風力の電力を、いかに安定的に供給できるようにするかは大きな課題です。

蓄電技術を用いれば、再エネで全需要を賄うことは十分に可能です。国内には電力需要の最大2倍の再エネポテンシャルがあり(環境省試算)、日本がアジアで最初に「再エネ100%」を達成した国になれる可能性は十分にあります。これは未来の夢物語などではなく、「その時」をいかに早く前倒しできるかを問われているのです。

■高騰リスクのない固定価格が50%

――再エネ電力を導入する企業は、これからも増えそうですね。みんな電力として、どのようなサポートを行っていますか。

ひとつが、コーポレートPPA(Power Purchase Agreement)の普及です。これは企業が再エネ発電所と5年〜20年の契約を結び固定価格で調達するスキームで、長期的・安定的な調達を可能にします。市場価格と連動し価格高騰のリスクがあるFIT電力と異なり、固定価格で料金が変動しないことも企業にはメリットでしょう。2022年度は、みんな電力が取り扱う再エネ電力の50%を固定価格が占めるまでになりました。

2021年に始めた「脱炭素トータルソリューション」への問い合わせも増えています。これはロードマップの作成から具体的な実行までを、トータルでサポートするサービスです。脱炭素の目標を掲げても最初のアクションをどう起こして良いのかわからないという企業も多く、ロードマップに従って段階を踏んで進められる方法が好評です。

みんな電力はアーティストとコラボレーションしたイベントを多く行っており、「スナックS D G s」(T B Sラジオ)というラジオ番組も持っています。これらを駆使し、社会や投資家に向けたP R活動や情報発信もサポートすることができます。

■人々の「プライド」が社会課題を解決

「タドれるチョコ」。ブロックチェーン技術でカカオの調達も「見える化」する

――みんな電力は2021年10月に社名をUPDATER(アップデーター)に変更し、「顔の見えるライフスタイルで社会課題を解決し、社会をアップデートする」を謳っています。

「みんなが自由に電力という富を作り出し、好きな電力を選ぶ社会を作りたい」という想いを持って、みんな電力は2011年に創業しました。そうなれば独占されていた富が分散され、貧困のない社会を実現できると考えたのです。

みんな電力は「顔の見える電力」を掲げ、生産者と消費者や地方と都市のつながりを作り、微力ながら電力業界に新しい価値を提案できました。そして「顔が見える」ことの重要性は、衣・食・住の全てに共通しているではないか。電力分野で培った可視化などのテクノロジーを、他分野に広げることができないか。こうした想いから、創業10年を機に社名をアップデーターに変更しました。

現在では「みんな電力」のほかに、オフィスの空気を可視化してウェルビーイングな職場づくりに貢献する「みんなエアー」、エシカル消費を進めるプラットフォーム事業の「T A D O RI」、土地再生事業の「みんな大地」など、S X(サステナビリティ・トランスフォーメーション)全般に事業を広げています。

S Xというのは「消費者がプライドを取り戻す」と言い換えることができます。これは、みんな電力とコラボレーション企画を行なっているクリエイター・いとうせいこうさんの言葉です。「消費とは、法人・個人を問わず全ての人がプライドを取り戻せる唯一の手段」だというのです。

たとえ小さな商品でもエシカルなものであれば、購入した人はプライドを持つことができます。皆がこうした選択をするようになれば「安ければいい」という価値観ばかりを優先するのとは違った社会になるはずです。

気候危機、資源枯渇、人権侵害など数多くある社会課題を解決する第一歩は、消費者がプライドを取り戻すことかもしれません。アップデーターとしても今最優先で取り組むべきは、そのサポートを全力で行なうことだと考えています。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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