SNSをリハビリに、「地球」の株価を可視化: カンヌ考察

記事のポイント


  1. 世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」から最新トレンドを読み解く
  2. 受賞作品の創造性はSDGsに関するコミュニケーション手法にも十分役立つ
  3. SNSをリハビリに生かした作品と地球を上場させた作品を解説する

世界最大規模の広告・コミュニケーションの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(通称:カンヌライオンズ)」の受賞作品を考察することで、これからのコミュニケーションの傾向やトレンドが見えてくる。今回は受賞作品の中から、今後のSDGsコミュニケーションに求められる手法、そして広告業界のサステナビリティについて考えていく。(伊藤 恵・サステナビリティ・プランナー)

作品の排出量やインパクトの開示推奨

近年、審査員の国籍の多様性やジェンダーバランスを配慮するなど、カンヌライオンズ自体もSDGsを意識する傾向になってきていた。今年は応募条件が変更され、作品に関連するCO2排出量やサステナビリティ関連のインパクトについて情報提出が推奨されるようになった。だが、これはあくまでも「推奨」であり、現段階では審査基準には含まれていない。

さまざまな企業のサステナビリティ活動を推進・サポートしている広告業界だが、実は広告業界自体の取り組みは他業界と比べても遅れを取っている。

たとえばCM撮影で1回使用するだけで廃棄されるセットや、イベントが終わると処分する装飾。それらがどれくらいのCO2排出量で、ひとつのキャンペーンでどれくらい環境負荷が掛かっているかを数値化できているところは、現状ではごくわずかだ。

排出量の業界統一基準や削減する仕組みなども、世界の大手代理店が取り組みを本格化し始めたばかりである。今回のように世界的な広告賞での取り組みが、どのような影響を業界に与えていくのか今後に注目していきたい。

笑顔になると「1いいね」

今年のカンヌライオンズは、AIを題材にした作品が数多くエントリーした。エントリーの数自体は多かったが、受賞率でみると決して高いとは言えず、やはりAIと企業メッセージや社会課題をうまく結びつけることができた作品が受賞を勝ち取っている。

その中で、リハビリの苦痛をなくすためにAIを活用した受賞作が「The Scrolling Therapy」だ。

パーキンソン病の患者にむけた顔認識のAIツールを活用したアプリを開発。患者がスマホでSNSを閲覧する時間にリハビリができるようにした。

画面越しに笑顔や舌を出すなど表情を変えると、その変化をAIが判断し、表情に応じて画面スクロールをしたり、「いいね」などSNSのリアクションができたりする仕組みになっている。

パーキンソン病の患者にとって顔の筋肉を動かすことは、筋萎縮や顔面運動能力の低下を遅らせるために重要だとされている。しかし従来の鏡の前でのリハビリは退屈で苦痛に感じる人も多かった。

AI技術を活用することで、人それぞれの表情の違いを読み解くことが可能になり、患者に快適な環境を提供し、病気の進行を遅らせるサポートが可能になった。この作品はファーマ部門でグランプリを受賞している。

地球が上場、株価で深刻さ表現

世の中にSDGsの認知は広まれど、なかなかアクションに結びつかない。特に自社の目先の売り上げや利益を優先したい企業にとってはなかなか重い腰が上がらない話題だ。

そんな企業のリーダーたちが思わず振り向いてしまうような話法で、地球の環境問題を突き付けたのが「EART4」だ。

ブラジルの証券取引所B3が仕掛けたこのキャンペーンで上場したのはなんと「地球」。いまの地球が置かれている危機的状況を会社としての財務状況やそれを反映した株価で表現した。

温暖化や自然災害など専門家による科学的知見に則って算出された地球の財政は壊滅的。株価も下落を続けていく。このようにSGDsの話題をビジネスの視点で語ることによって、企業の経営者たちも無視できないメッセージを投げかけることに成功した。

その結果、ブラジルのTOP100企業の7割が国連グローバル・コンパクトへ賛同するという成果をあげた。この作品は、B2Bビジネスにおけるゲームチェンジングなクリエイティビティや効果を称える「クリエイティブB2B部門」でグランプリを獲得した。

正しいことだけど、退屈である、自分に必要だとは思えない。そんな人々の心の中にある壁を取り払ってくれるクリエイティビティの力をこの2つの作品からは感じられる。

そして、この力こそSDGsコミュニケーションに必要なものだと改めて思わされる。次回も引き続きカンヌライオンズの受賞作の中から、これからのSDGsコミュニケーションの方向性を示唆する作品を紹介していく。

itomegumi

伊藤 恵(サステナビリティ・プランナー)

東急エージェンシー SDGsプランニング・ユニットPOZI サステナビリティ・プランナー/コピーライター 広告会社で企業のブランディングや広告制作に携わるとともに、サステナビリティ・プランナーとしてSDGsのソリューションを企業に提案。TCC新人賞、ACC賞、日経SDGsアイデアコンペティション supported by Cannes Lionsブロンズ受賞。執筆記事一覧

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キーワード: #SDGs

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