「ビジネスと生物多様性評価報告書」が示した構造転換とは

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記事のポイント


  1. IPBESは2月、「ビジネスと生物多様性」に特化した評価報告書を出した
  2. 自然と整合した再生能力を持つ経済モデルへの構造転換が必要とまとめた
  3. 政策やルールの転換が見込まれる中、長期に競争力を持つのは自然と整合する企業だ

IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)は2月、「ビジネスと生物多様性」に特化した評価報告書をまとめた。この報告書は国際政策やルール形成の基盤となるものだ。生物多様性の危機は経済構造そのものの問題だとまとめ、従来の効率性追求型の経済モデルからの構造転換の必要性を説く。IPBESが示す構造変化の中では、自然と整合する企業こそが長期的な競争力を持つだろう。(サステナブル経営アドバイザー=足立直樹)

「ビジネスと生物多様性評価報告書」は、経済モデルの構造転換の必要性を示した

2026年2月、英国・マンチェスターで開催されたIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の第12回総会(IPBES 12)で、『ビジネスと生物多様性評価報告書(Business and Biodiversity Assessment: BBA)』の政策決定者向け要約(SPM)が公表されました。

正式には『生物多様性及び自然の貢献に対する企業のインパクトと依存に関する方法論的評価報告書』と言います。

IPBESがこれまで公表してきた評価報告書の中でも、これは史上初めて「ビジネスと生物多様性」に特化した体系的評価です。極めて重要な意味を持つものと考えられますので、その内容と企業への示唆を整理してみたいと思います。

IPBESはしばしば「生物多様性版IPCC」と呼ばれます。世界中の科学者が知見を統合して評価を行う政府間機関であり、その報告書は国際政策やルール形成の基盤となります。つまり今回の報告は、単なる提言ではなく、科学的合意に基づく方向提示なのです。

■ 生物多様性と経済の関係

本報告書の中心的なメッセージは明確です。

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現在の経済活動は広範に生物多様性の損失を引き起こしている一方で、企業活動は自然に深く依存しています。そして何より重要なのは、「企業単独では、生物多様性の喪失を食い止め、逆転させるために必要な規模の変化をもたらすことはできない」と明言された点です。

もちろんこれは、企業の責任を軽減する言葉ではありません。むしろ、生物多様性の危機が経済構造そのものの問題であり、企業だけに解決を委ねることは不可能だという構造的認識を示しています。

そのためIPBESは、変革を実現するためには広範な環境整備(enabling environment)が必要だと述べています。

具体的には、政策、法規制の枠組み、経済・金融システム、社会の価値観や規範や文化、そして技術・データや能力・知識という5つの要素が同時に動かなければならないとしています。

本報告書には、これらの領域にわたる100を超える具体的なアクションが示されており、規制改革や補助金の見直し、金融の仕組みの転換、教育や能力開発までが含まれています。

生物多様性は企業の自主的努力の範囲を超え、社会システム全体の再設計を要する課題であることが明確に示されたのです。

■ データが示す構造的不均衡

では、なぜ今科学者たちはここまで踏み込んだのでしょうか。

ダスグプタ・レビューなどの一連の科学的評価でも指摘されている通り、1992年以降、人類が生産してきた人工資本は一人当たり平均で約100%増加しました。しかしその同じ期間に、自然資本は約40%減少しています。

私たちは経済的には豊かになったように見えますが、その基盤である自然は着実に失われてきました。この不均衡は、すでに持続不可能な水準に達しています。

資金の流れを見ても構造は明らかです。

2023年に自然へ直接悪影響を及ぼす公的資金および民間資金の流れは約7.3兆ドル(約1151兆円)に達しました。一方で、生物多様性の保全と回復に向けられた資金はその1/30以下の約2,200億ドル(約34兆7000億円)にとどまります。

規模の差は圧倒的です。自然を傷つける資金の流れと、自然を回復する資金の流れの間には、桁違いのギャップが存在しているのです。

この現実を前にして、個別企業の努力だけで状況を逆転させることはできません。だからこそ、IPBESは構造転換を提起したのでしょう。

■分析から移行へ、企業に問われるものとは

生物多様性をめぐる国際議論は、生物多様性条約の採択以降30年以上にわたり積み重ねられてきました。

近年はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)による自然関連リスク開示、SBTN(サイエンス・ベースド・ターゲッツ・ネットワーク)による科学的目標設定、IUCN(国際自然保護連合)による自然回復の標準化「RHINO(ライノ、Rapid High-Integrity Nature-positive Outcomes))など、企業が実装するための枠組みも整備されつつあります。

ご参考:国際自然保護連合、生物多様性の保全に向けて新たな枠組み

今回の報告書は、その流れを踏まえ、経済構造そのものを変えなければならないという段階に入ったことを示しています。

多くの企業は現在、自然への依存と影響を分析し、開示する段階にあります。しかしIPBESが示しているのは、その先の企業と経済の「移行」です。

調達、投資、事業ポートフォリオ、価格付けの仕組みまでを含めた構造的な変化が求められています。そして最終的には、自然の回復を価値創出の中に組み込む段階へ進む必要があります。

効率性を極限まで追求してきた経済モデルから、再生能力を持つ経済モデルへ。自然と整合する企業こそが長期的競争力を持つと前提が変化するのです。

IPBESの今回の評価は、警告というよりも方向提示です。企業単独では不可能。しかし企業抜きでは実現しない。構造転換はすでに科学的合意事項となりました。

これは理想論ではありません。科学者が国際社会や各国政府に対して、経済の仕組みそのものの見直しを具体的に示唆したのです。そして制度や金融のルールが変わり始めれば、企業を取り巻く競争環境も確実に変化します。変化は突然ではなく、しかし着実に進行します。

問われているのは、変化を外部環境として受け身で待つのか、それともその方向性を読み取り、自ら移行を設計するのかという姿勢です。 構造転換は選択肢ではなく、前提になりつつあります。その前提をどの時点で受け入れるのか。その判断の早さこそが、これからの企業の分岐点になるでしょう。

※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)534(2026年3月3日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。

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足立 直樹(サステナブル経営アドバイザー)

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。国立環境研究所、マレーシア森林研究所(FRIM)で基礎研究に従事後、2002年に独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、一般社団法人 日本エシカル推進協議会(JEI)理事・副会長、サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー等を務める。

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キーワード: #生物多様性

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