記事のポイント
- 東南アジア最大の産油国・インドネシアがエネルギー消費抑制策を打ち出した
- ホルムズ海峡危機を受けた供給不安に対応するためだ
- 補助金で燃料価格を安く抑える施策は政府の財政負担をパンクさせかねないからだ
東南アジア最大の産油国・インドネシアは3月末、強制的な在宅勤務令や一般車両への給油制限など、大規模なエネルギー消費抑制策を打ち出した。背景にはホルムズ海峡危機に伴う原油及び石油製品の供給不安がある。ガソリンなどの燃料価格を補助金で安く抑えてきた同国政府は、国際価格が急騰すると、政府の財政負担がパンクするか、補助金打ち切りで物価暴騰を招くかの二択を迫られるからだ。(地理学・世界観分析家=瀧波一誠)

「産油国」と聞くと、サウジアラビアなどのように石油が地面から無限に湧き出し、ガソリンスタンドでは水よりも安く燃料が手に入る国をイメージしてしまいがちです。しかし今、かつてOPEC(石油輸出国機構)に加盟していた東南アジア最大の産油国・インドネシアで、奇妙な事態が起きています。
中東情勢の悪化による世界的な原油価格の高騰を受け、インドネシア政府は突如として「一般車両への給油制限(1日50リットルまで)」や「公務員の週1日の在宅勤務の義務化」、さらには「公用車の使用半減」といった強力なエネルギー消費抑制策を発表しました。
自分たちの国で石油が採掘できるはずなのに、なぜ遠く離れた中東の戦争に怯え、国民に燃料の節約を強いるのでしょうか。これは、「資源があること」と「資源を使えること」は全く別物であるという、シビアな現実を示すものです。
■インドネシアで今、何が起きているのか
2026年3月末、インドネシア政府は深刻化する中東危機に伴う原油および石油製品の供給不安に対応するため、大規模なエネルギー保存策を打ち出しました。
医療や治安、食料供給などの社会的基盤(エッセンシャルワーカー)を除き、公務員は週に1日強制的に在宅勤務となり、出張も最大70%削減されることになりました。これは、国内の燃料在庫の払底を防ぐための「非常事態宣言」に近い措置です。
約2億8,000万人という世界有数の人口を抱え、近年は経済成長が著しいインドネシアでは、車やバイクの保有台数が爆発的に増加し、毎日膨大な量のガソリンや軽油が消費されています。
政府は補助金を出して燃料価格を安く抑えてきましたが、これは国際価格が急騰すれば政府の財政負担がパンクするか、あるいは補助金を打ち切って物価の暴騰を招くかの二択を迫られる仕組みでもあります。
物不足と資金不足を同時に回避するための苦肉の策が、今回の強力な需要抑制措置なのです。
■産油国・インドネシアでこの危機が起きた3つの背景
1. 掘る量より使う量が圧倒的に多い(純輸入国への転落)
最大の理由は、インドネシアがもはや「石油を輸出して儲ける国」ではなく、「自分の国で使う石油すら足りない国」になっている点です。
EIA(米国エネルギー情報局)などの統計によれば、インドネシアの近年の原油生産量は減少傾向にあり、1日あたり約60万〜80万バレル程度にとどまっています。一方で、都市化や経済成長に伴う国内の石油消費量は1日あたり約160万バレルに達しています。

出典:グローバルノート
つまり、自国で生産する量の2倍以上の石油を毎日消費しており、足りない分は中東など海外からの輸入に完全に依存しているのです。
かつてはOPECの有力メンバーでしたが、国内需要の急増によって現在は「純輸入国」に転落し、2016年にはOPECの加盟資格も停止となりました。
2.そもそもの精製能力の不足
さらに深刻なのが、油田から原油を掘り出せても、それを自動車で使えるガソリンや軽油といった製品に作り変える能力、つまり製油所のキャパシティが全く足りていないことです。
国内に8カ所ある製油所の処理能力は1日約120万バレルですが、設備の老朽化などでフル稼働できていません。APERC(アジア太平洋エネルギー研究センター)のデータによれば、インドネシアは国内で消費するガソリンの約60%、家庭用プロパンガス(LPG)に至っては約79%を輸入に依存しています。
原油の自給率以上に石油製品の輸入依存度が極めて高いため、中東の製油所やタンカーの航路にトラブルが起きるとすぐに国内のガソリンスタンドが空っぽになってしまうのです。
3. 1万7000の島々へ燃料を運ぶ高コスト体質
インドネシア特有の弱点として、1万7000以上の島々からなる広大な島嶼国家であるという地理的条件が挙げられます。

一つの陸地であればパイプラインや貨物列車で大量の燃料を一気に内陸まで運べますが、島々が点在するインドネシアでは輸入した燃料を小さなタンカーやトラックに何度も積み替え、海を越えて各島の港や山奥の村まで運ばなければなりません。
中東危機によって燃料の絶対量が不足すると、この複雑でコストのかかる国内物流網の末端である小さな島々から深刻な燃料枯渇が発生しやすいリスクを抱えているのです。
■ガソリンへの「補助金」は政治的な麻薬
地理・地政学的な視点で、今回のエネルギー危機が映すものを見てみましょう。
1. 資源国の「罠」とインフラ投資の遅れ
資源がある国は、それを売るだけで国が潤うため、製油所のような高度な加工インフラを作る投資を怠りがちになります。これは、いわゆる「オランダ病」に近い現象です。今回のインドネシアの危機は、一次産品(原油)を輸出して完成品(ガソリン)を輸入するという、発展途上国型の貿易構造から抜け出せなかったツケが回ってきた結果とも言えます。
2.「補助金」という政治的な麻薬
インドネシアをはじめとする多くの新興国では、政府が巨額の補助金を出してガソリン価格を安く抑え、物価高に対する国民の不満を逸らしてきました。しかし、これはエネルギーの無駄遣いを助長し、国際価格が高騰した際に国家財政を破綻させかねない「麻薬」になり得るのです。
3.アジア全域を覆う中東依存のアキレス腱
自国で原油を産出するインドネシアでさえこの有様ですから、原油のほぼ100%を輸入し、しかもその9割以上を中東に依存している日本にとって、これは決して対岸の火事ではありません。シーレーン(海上交通路)の封鎖や中東の混乱は、アジア全域の経済を同時に麻痺させる破壊力を持っています。
給油制限の列に並ぶジャカルタの市民たちは、「資源が足元にあること」と「車を動かせること」の間には、製油所や輸送手段の整備、そして平和な国際関係という長く脆いサプライチェーンの安定が不可欠であることを、身をもって感じている状況です。
今回の危機は、蛇口をひねれば水が出るように、ガソリンスタンドへ行けば必ず給油できるという日常が、いかに奇跡的なバランスの上に成り立っているかを、表しています。
※この記事は、執筆者のnoteの記事「産油国がガソリンを制限した日 インドネシア「在宅勤務令」が示すエネルギーの罠」をオルタナ編集部にて一部編集・抜粋したものです。


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