記事のポイント
①国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が8月31日、中国の少数民族ウイグル族に対する人権侵害に関する「国連調査報告書」を公表した
②同時に中国側は公式回答をウェブサイトに掲載
③台湾の大手メディアは、「報告書にジェノサイドの表現なし」と題する記事を掲載した

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が8月31日、中国の少数民族ウイグル族に対する人権侵害に関する「国連調査報告書」を公表した。同報告書は、ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官が退任する13分前に公表されたが、同時に中国側は公式回答をウェブサイトに掲載した。台湾メディアはこれをどう報じたのか。(オルタナ編集部)
バチェレ氏は、今年5月に新疆ウイグル自治区を訪問以降、報告書の早期公開を求める欧米諸国と、公開を阻止したい中国側の双方から圧力を受けていた。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、中国側の強硬な反対姿勢の中で公開したバチェレ氏に「賛辞を贈りたい」としている。
バチェレ氏側は公表の1週間前には報告書の内容を事前に中国側にも見せていた。しかし「ジェノサイド(民族大量虐殺)」との非難を避けたい中国側の猛反発により、「強制的な不妊手術」に関するセクションを中心に、公開直前まで書き直しを迫られた、と政治メディア・POLITICOが外交筋の話として報じている。
2022年1月にはフランス下院で中国のウイグル族弾圧を「ジェノサイド」と非難する決議が採択されたが、今回の国連報告書には、「ジェノサイド」という表現はない。
台湾の大手メディア・聯合報は、9月1日に「報告書にジェノサイドの表現なし」と題する記事を掲載した。繁体字・簡体字の違いはあるものの、台湾メディアは、本報告書の内容を、中国語で報道する数少ない媒体だ。
聯合報は翌9月2日、「48ぺージの国連報告書と131ページに及ぶ中国側反論内容は、まるで平行世界(パラレルワールド)」と報じた。
中国側の反論文書には、国連の報告書内に記載されていた取材対応者の氏名や写真の顔が黒く塗りつぶされており、「国連人権理事会の中国側スタッフらは、連日、夜通しで反論文書を作成しただけでなく、中国側の文書上で個人を非識別化する作業にも時間を割かねばならず、さぞかし疲弊した数日間だったろう」と揶揄した。
国連の最終報告書では、新疆ウイグル自治区の出生率が、2017年から2019年にかけて48.7%減と著しく尋常ではない減少率であるのに加え、中国全体の平均出生率を下回ることに触れ、「2017年以降、強制的に家族計画政策が執行されたことで、生殖権が侵害されていることを示す信頼できる兆候がある」と指摘した。
同報告書にはまた、政府から提供される情報がなければ、生殖権利侵害の全容についての結論を出すことは難しいとの記述もある。
2016年に「一人っ子政策」を廃止した中国では、2021年5月に夫婦1組につき3人まで子供をもうけることを認めたが、その一方でウイグル族に対しては、2017年から「家族計画政策」の名の下で産児制限を課してきた。
「まるで平行世界」と報じた聯合報は、国連の報告書と中国の反論文書を見比べ、「一つの新疆、二つの世界」とも表現している。中国が香港に対してかつて謳っていた「一つの国家、二つの制度」をなぞらえての表現だ。
聯合報が指摘したのは、ウイグル人が「再教育施設」と呼ばれる「職業訓練教育センター」で、個人の自由を制限され、家族との面会を拒否され、厳しく監視されているといった国連の報告書の内容に対し、中国側は、ウイグル人は自由に行き来できていると、真逆の主張を展開している点だ。
ほかにも、国連の報告書が指摘した、取材を受けたウイグル人のほぼ全員が、睡眠薬や未知の薬物を定期的に服用させられた、との内容に対して、中国側の文書には、「訓練センターでは、24時間体制で医療サービスを提供し、訓練生が社会と家庭に復帰するために、訓練生の心と態度を変えるための心理的矯正と行動的介入を行っている」とある旨も指摘している。
「中国政府の次の標的となりうる台湾は、ウイグルの辿る運命を注視せねばならない」。奇しくも国連公表の前日に当たる8月30日に、台湾・台北市内で開催された国際フォーラム「宗教の自由とそれに対する挑戦」で、米政府機関の国際宗教自由委員会(USCIRF)委員長を務めるウイグル系米国人Nury Turkel氏が述べたこの発言が、台湾中央通訊社等で報道されたばかりだ。
聯合報によると、台湾・外交部の鷗江安報道官は9月2日、「中国からの非常に大きな圧力があったにもかかわらず、国連人権高等弁務官が報告書を発表し、真実を明るみに出した決定を高く評価するとともに、中国政府が新疆で行っているさまざまな人権侵害を非難する」と述べた。
米国では、2022年6月に、中国・新疆ウイグル自治区が関与する製品の輸入を原則禁止とする「ウイグル強制労働防止法(ウイグル禁輸法)」を施行した。ウイグルで全部または一部が生産された製品の米国への輸入を原則禁止したもので、強制労働を利用した中国原産品や、第三国を経由した製品も禁輸対象に含め、輸入品が強制労働とは無関係であることの立証責任を企業に負わせる内容だ。
米国、フランスなど、中国の人権侵害に対する断固とした姿勢を表明している西側諸国も多い中で、日本の対応は後れを取っている。中国の人権リスクがこれまで以上に高まる中で、日本企業はこれまでにないほど高いレベルで人権リスク対応が迫られている。