日本企業にとっての失われた20年[町井 則雄]

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読者のみなさんがもし経団連に所属する会社に勤めていらっしゃるとしたら、経団連が1991年に制定した「企業行動憲章」をご一読されることをおすすめします。(町井 則雄=日本財団)
(社)日本経済団体連合会 企業行動憲章
(2010年に一部改訂が行われています。)

1991年と言えば日本は空前のバブル絶頂期にあり、企業によるメセナ活動も活発化していました。経団連による1%クラブが立ち上がったのは前年の1990年、まさに近代日本における企業の新しい社会的な役割というものが定義されていった時代でした。

しかし、翌年には完全にバブルがはじけ、日本社会は「失われた20年」へと突入します。それに伴い、盛んだった企業のメセナ活動も大きく後退、少なくとも2003年の「CSR元年」を迎えるまでの約10年間、日本企業は社会的責任という部分において全く存在感なく、バブルというお祭りの後始末に追われることになります。

「企業行動憲章」はこのような、世界中で日本企業が大きな存在感を発揮していた時代に作られました。したがって、この憲章は、当時グローバルな活躍をしていた日本企業にとっての振る舞いを含めたあるべき理想を表現したものと言えます。

バブル経済真っ盛りの浮かれた時代の中で、このような高邁な理念をどれだけの経営者がまともに理解していたのかはわかりません。むしろ念仏程度にしか思っていなかった経営者のほうが多かったのではないかとも思います。

あれから四半世紀が過ぎた今、私たちはあらためてこの憲章の意味を考える時に来ていると思います。なぜなら、この理念の中で企業は持続可能な社会の創造に資し、さまざまな課題に対応することを求められていることが明記されており、それを社会が企業に希求する強さは今の時代が最も大きい、つまりニーズがあるからです。

国も行政もすでに限界、次の社会課題解決の担い手は間違いなく企業です。これまでの企業の役割は、課題を解決することよりも人々の生活を豊かにすることに主眼が置かれてきました。それによって私たちは快適な生活を手に入れることができたわけです。

そして今、生活の豊かさのみでなく、次世代に負債を残さないような持続可能な社会の実現と社会課題の解決のために企業ができること、自分たちのビジネスでできることを考えることが、社会と自社の持続可能性を高めていくことにつながります。

今、日本企業は、これまでの20年間に失った世界の中での存在感を「未来社会の創造」を通じて取り戻す時代が来ているのです。

2015年8月23日(日)14:53

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