CSRの原点は「共助」の精神―損害保険ジャパン・佐藤正敏会長インタビュー

損保ジャパンの佐藤会長

損害保険ジャパンのルーツは、遠く「江戸の火消し」にさかのぼる。佐藤正敏会長は「火消しのように現場にすぐ駆けつけるのが保険の原点。保険とは、助け合う『共助』の仕組み」と語る。それが同社のCSR哲学にも色濃く反映している。(聞き手:オルタナS特派員=池田真隆、オルタナ編集部=吉田広子、撮影:オルタナS特派員=滝井圭一)

■世界の災害トップ10は1990年以降に集中

――今年(2012年)は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで「地球サミット2012」(リオ+20)が開催されます。1992年の地球サミットがきっかけで、地球環境室ができたと聞いていますが、当時の日本企業では珍しかったのではないでしょうか。

1992年に旧安田火災の社長が地球サミットに参加し、21世紀は企業が地球環境問題に真摯に取り組まなければならないとの思いを強くして帰国しました。そしてすぐに地球環境室を作ったのです。

当時、日本のメーカーには既に環境部を持つ例があったと思いますが、金融機関で環境問題の専門組織をつくったのは、当社が初めてだったと思います。

――保険会社と環境問題というとあまり接点がないような気もしますが?

近年、気候変動が話題になっていますが、地震を除いた自然災害で日本の損害規模トップ10を並べると、全て1990年以降なのです。世界のトップ10も同様で、1990年以降に起こった自然災害が占めています。米国では2000年以降、カトリーナやアンドリューなどの巨大なハリケーンが発生しています。このように統計的にも自然災害は年々頻度や強度が増していることが証明されています。

保険会社はそうした災害に対し、過去の気象上の統計に基づいて確率計算をした上で、保険料を決定しますが、このように自然災害が激しくなると、保険会社の経営に直接響いてきます。ですから、異常気象の根源である「地球温暖化」や気候変動問題に取り組むことは保険会社としての存立基盤に関わる重要なことなのです。

■ グリーン化の基盤づくりに貢献したい

――保険事業にとって「グリーンエコノミー」とは具体的に何を指しますか。

私たちが地球環境に貢献する分野は2つあります。それは「適応」と「緩和」です。
「適応」とは、地球温暖化のさまざまな被害を、私たちの力で賢くカバーしていくことです。一方「緩和」とは、太陽光発電や風力発電などの自然エネルギー活用をはじめ、地球温暖化の度合をできるだけ少なくするよう努力することです。ただし、新しい技術を普及させるにはリスクがつきものです。私たちはリスクマネジメントのプロフェッショナルとして、そういう様々なリスクに対して解決策を提供することにより、温暖化を防ぐ技術の開発や普及のお手伝いをしていきたいと考えています。

ですから、私たちにとっての「グリーンエコノミー」は、直接グリーン化を牽引するというより、グリーン化のための基盤づくりに貢献し、グリーン化を加速することを指しているといえると思います。

■ 「守りのCSR」と「攻めのCSR」

――損保ジャパンはNPOや学生、社会起業家らへの支援を行っていますが、その意義はどこにありますか。

今までのCSRは「守りのCSR」でした。企業は利益を出して、税金を払い、雇用を維持することが一番でした。そして、時代とともに、コンプライアンスやリスク管理をしっかり行うことがCSRと認識されるようになりました。さらにプラスして社会貢献活動を行うことも当たり前になりました。ただしこれは事業活動とは別の部分で実施しているという感が否めません。

ところが、現在は、本業を通じて社会的な問題の解決に取り組むCSRが必要とされています。いわゆる「攻めのCSR」です。

今、グローバルで最も関心が高い社会問題といえば、地球環境問題や貧困問題などでしょう。企業は自らを支えてくれる社会が安定しかつ健康でなければビジネスを展開できません。そのため、もっとこういった課題の解決のために本業として取り組んでいかなければいけません。このような取り組みを「攻めのCSR」と呼んでいます。

例えば、2011年、タイでは大規模な洪水が起きましたが、それまでは干ばつが頻繁に起きていました。農民たちは、なすすべがありませんでした。そのような気候変動の影響に脆弱な地域に対して何かできないかと考え、損保ジャパンは、国際協力銀行やタイの農業協同組合銀行などと連携して「天候インデックス保険」という商品を開発しました。

天候インデックス保険は、稲作農家の干ばつによる損害の軽減を目的とした商品です。具体的にはタイ気象庁が発表する累積降水量が一定値を下回った場合に、農民の方に一定の保険金をお支払いして、農耕具のローンを軽減します。

2011年はタイの5県で募集を行ない、6,173件の加入がありました。まだ事業としては微々たるものですが、途上国を支援しながら将来的には成長市場でのビジネス資源へとつなげていきたいのです。こうしたことが「攻めのCSR」の取組みの一例です。

――20世紀の資本主義で多くの問題が吹き出しましたが、21世紀はその修正が必要です。佐藤会長は本来の資本主義のあるべき姿はどのようなものをお考えでしょうか。

東日本大震災以降、私たちはエネルギーをこれ以上無制限に使うことはできないと分かりました。環境保全と経済活動を両立させるために、効率的なエネルギー利用が求められています。これについてまだ答えはありませんが、公害問題を乗り越えた日本人ならできるはずです。

また、20世紀と違う点として、21世紀は企業だけでなく、NPOなどの民間非営利組織や、公的な組織と手を取り合いながら、環境活動と経済活動を両立をめざしていく時代になりつつあります。

今は背景や価値観が違うもの同士が共に一つの課題に向かって議論し合い、答えを出す時代です。政府・行政だけでなく、企業・NPOなどの多くの主体がそれぞれの力を組み合わせ、連携して問題の解決に取り組む必要が高まっています。即ちマルチステークホルダー参加による新しい課題解決の仕組みが求められる時代が到来しているのです。

様々なステークホルダーの対話やNGOとのパートナーシップを重ねることが、社会に新たな価値を生み出す。そのような時代にリーダーシップを発揮し、主体的に活動するセクターとして、企業への期待は大きいと思っています。

■ 加入者の被災状況を一軒ずつ確認

――損保ジャパンは東日本大震災発生後、現地で迅速な調査を行い、被災者への支払いを早急に行ったといいますが、具体的にはどのような対応を心掛けたのでしょうか。

損保ジャパンでは、東日本大震災への対応として発生直後から東日本12か所に災害対策本部を設置し、全国から最大で約3000名の社員を派遣し、避難所や家を一軒ずつ回り、被害状況を確認して調べるなど、一日でも早くお客さまに保険金をお支払いできるよう社員・代理店が一丸となって懸命に取り組みました。

その結果、震災発生3か月の時点で約90%の支払いが完了し、半年後には業界全体で約70万件、1.2兆円の支払いを実施することができました。これは過去最大の支払額です。ちなみに阪神淡路大震災の時の業界全体での支払額は783億円でした。さらに個人のお客さまに支払った1兆2千億円とは別に、企業のお客さまに対しても地震保険金として約6,000億円をお支払いしています。

緊急時にはスピードが勝負だと思っています。善意の義援金がなかなか手元に届かないという状況も報じられていましたが、個人のお客さまへの地震保険金は3か月でほとんどお支払いすることができました。

日本では1966年に地震保険制度ができました。大規模災害である地震への補償は、「地震保険に関する法律」に基づき、政府と損害保険会社が共同で運営する仕組みになっています。また本来、地震保険金は建物や家財を復旧させるために使われることを目的としていますが、生活再建のためのまとまった資金としての効用もあり、支払い時に多くのお客さまから感謝の声をいただきました。

世界各地で大規模な自然災害が増加していく中で、官民それぞれの強みをうまく組み合わせた制度である日本の地震保険スキームは、官民の役割分担の好事例として世界の参考になる仕組みだと感じています。

■ 「火事場に駆けつける」ことが使命

――「一日でも早くお客さまのために」という考え方は、御社のCSRの哲学から来ているのでしょうか。

そうですね。保険会社の使命は「困った人を助ける」ことです。突然大変な状況に置かれ経済的にも困っている人に対して、ややこしいルールを長く説明して、支払いを遅らせることは、企業の社会的責任を果たしているとはいえません。

今回はとにかく「早く」対応することがテーマでした。その意味で、全国から応援にかけつけた約3,000名の獅子奮迅の活躍は、たのもしかったですし、うれしかったですね。
当社社員が「少しでも早く保険金をお届けする」という信念を持ち、被災者の皆さんと直に接しながら業務を全うすることで、帰ってきた時に「困っている多くのお客さまのお役に立てて良かった」という声を多く聞きました。涙を流して感謝の言葉を述べられたり、熱い抱擁をして頂いたりなどの体験もあったようです。

普段コンピュータセンターなどでパソコンの前で座って仕事をすることの多い社員も、応援に行って実際にそのような体験をして、とても感銘を受けていました。社員にとって学びが多かったと思います。

――損保ジャパンのCSR哲学は、どのようにして生まれたのでしょうか。

損保ジャパンの原点は、東京火災という日本で初めて設立された火災保険会社です。東京火災は社内に「東京火災消防組」という私設消防隊をもっていました。そしてそのルーツは江戸時代の「火消し」なのです。昔の消防組は、火事が起こるとすぐに現場に向かい、身にまとった印半纏(しるしばんてん)に水をかけ、鳶口(とびぐち)を使って、延焼を防ぐためにお客さまの家にいち早く駆けつけました。そのDNAが今も生きているのです。

そもそも保険事業というのは、江戸時代の地域社会にあったような、助け合いの仲介が原点です。国や自治体が助ける「公助」と自分自身で行う「自助」。その中間にあるのが、「共助」という考え方。国の支援では不十分だったり、自分自身ではどうにもできなかったりする人々を、みんなで助けあいながら生きていける社会を作っていきたいと考えています。そういった考えが当社のCSRの哲学として、生きていると思います。

CSRは社員の「誇り」にもつながります。会社に対する誇りがあると、常にこのことはやって良いのか、悪いのかの判断をぶれることなく下すことができます。社員には企業の中にいても外にいてもそれぞれが判断のよりどころとなるコモン・センス(常識)を持ってほしいのです。そのために社員全員の誇りを保つことができるCSRを浸透させていくことが重要だと思っています。

■ チェンジ・チャンス・チャレンジ

――最後に、オルタナSの中心読者である学生や若者たちにメッセージをお願いします。

今は若い人が海外に行っていないなどの声がありますが、実際はそんなことはなく、青年の船などには若い人がたくさん乗っていますし、先進国だけでなく途上国に目を向けてさまざまな社会的課題の解決に熱心に取り組む若い人も大勢います。

激動の時代を迎え、昔よりも若い人が活動できる場所が広がっています。様々な分野で多くのチャンスの機会があるのだから、待っているのではなく、ぜひチャレンジしてほしいですね。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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