記事のポイント
- 米ロッキー山脈で生きる動植物に、気候危機の影響が押し寄せている
- 氷河の融解、急速な雪解け、乾燥化、干ばつ、火災リスクなどだ
- どの命を救い、どの命を諦めるか、国立公園の職員たちは決断を迫られようとしている
米グランドティトン国立公園は、気候危機が招いた複合的なリスクに直面する。温暖化によって氷河が融解し、急速に雪解けが進み、それが乾燥化に拍車をかけ、干ばつや火災リスクなどが生じている。動植物には過酷な環境だ。どの命を救い、どの命を諦めるか、国立公園の職員たちは決断を迫られようとしている。(オルタナ編集部=松田 大輔)
■彼らは過酷な環境で懸命に生きている
「彼らは過酷な環境で懸命に生きている。ほかに足をおく場所はいくらでもあるのだから、決して踏みつぶさないでほしい」
米国グランドティトン国立公園の山岳ガイド、マット・フロイドはこう語った。高山植物を守るために、登山者への注意を欠かさないという。
標高4199メートル。茫漠とした北アメリカ大陸に、峻険な山脈がそびえ立つ。ワイオミング州に位置し、ロッキー山脈でもっとも美しい山並みと称される。人気の山岳漫画『岳』でも象徴的に描かれた。
山麓には、ムースやブラックベア、バイソンなど、さまざまな動物たちが暮らす。美しい森林や湖が広がり、動植物にとってのパラダイスだった。
しかし、実際には、気候危機にともなう「命の選別」がはじまろうとしている。
■国立公園局は、最悪のシナリオを想定している
グランドティトン国立公園では、温暖化によって氷河が融解し、急速に雪解けが進む。それが乾燥化に拍車をかけ、干ばつや火災のリスクが高まっている。
頻繁に火災が発生した場合、生態系の回復が間に合わない可能性がある。暑さに弱い樹木は淘汰されるかもしれない。
国立公園局が2021年に発行したガイダンスによると、気候変動が最悪のシナリオを迎えた場合、生態系の破壊や絶滅などに直面することになる。その際、どの命を救い、どの命を諦めるか、職員たちは決断を迫られることになる。
■標高3500メートルでも寒くない
筆者は今夏、ガイドのマットら7人とともに、グランドティトンに登頂した。道中、可憐な高山植物やブラックベアの親子に出会い、大自然の奥深さを垣間見た。
一方で、高山にまで迫る気候危機の現実を知った。午前3時、標高3500メートルで目覚めたとき、予想外の温かさに驚いた。
「深夜の標高3500メートルで、こんなに温かいのははじめてだ」と、グランドティトンで10年以上ガイドを続けるマットが言った。「気候変動の影響だろうか。雪解けは早い。氷河は減少している」
国立公園の発表によると、1967~2006年にかけて、約25%の氷河が失われた。その後も気候危機は加速しており、氷河は消え続け、露わになった無骨な山肌が目を引く。
■ティッピング・ポイントが来る前に
モンタナ州立大学のアンドリュー・ハンセン教授は、米ニューヨークタイムズの取材に対し、「わからないのは、気候変動がどこまで進めば、ティッピング・ポイント(気候変動が不可逆的に加速するまでの転換点)につながるかだ」と語った。
ティッピング・ポイントを迎えれば、気候危機に拍車がかかり、より過酷な環境となる。動植物の「命の選別」も加速するだろう。罪なき命を踏みつぶしてもいいのか、果たして人間が選別することは許されるのか――。
気候危機への対応に、待ったは許されない。