マテリアリティを経営の軸に――真に「世の中に必要とされる会社」へ

株式会社日立ハイテクノロジーズ 代表執行役 執行役社長 宮﨑 正啓氏(中央)、一般財団法人CSOネットワーク 事務局長・理事 黒田 かをり氏(右)とファシリテーターを務めたオルタナ編集長 森 摂

マテリアリティを経営の軸に真に「世の中に必要とされる会社」へ
――日立ハイテクノロジーズ

日立ハイテクグループでは、グローバル・ローカルの社会的課題を認識し、事業特性やビジネスモデルを活かして、その解決に向けどのように取り組むべきか、どのようにしたら世の中に役立つことができるのかを明確にするために、リスクとオポチュニティの両面からマテリアリティを特定しました。そこで2018年7月、CSRの有識者である黒田かをり氏をお招きし、日立ハイテクグループのマテリアリティに対する評価と今後の展望についてご意見をいただくべく宮﨑社長との対談を行いました。ファシリテーターはオルタナ編集長森摂が務めました。

全社の意見を取り入れた5つのマテリアリティ

森:それでは早速ですが、宮﨑社長にマテリアリティを特定した背景やその意義について伺いたいと思います。

宮﨑社長:CSRはもちろんのこと、ESGやSDGsについては、以前より当社でも取り組まなければならないと考えていました。日立グループでは「社会イノベーション」事業を通じてSDGsをベースにした社会への貢献を事業活動の1つのコンセプトとしており、当社としても日立グループの中でどういう役割を果たしていくべきかを考える上で、マテリアリティの特定は重要な要素であると考えています。

2019年度よりスタートする次期中期経営戦略において、当社の「あるべき姿」を描く上でも事業活動に対する指針が必要であり、今回、5つのマテリアリティとこれらに関連するSDGsの8つのゴールを特定しました。

黒田氏:自社の「あるべき姿」という長期ビジョンを公表される国内企業はまだ少ないと思います。「目標=必達」との意識があるのか、慎重になっているのかなと感じています。

宮﨑社長:中期経営戦略は3年スパンで更新していきますが、「あるべき姿」という長期的な視点で事業を見ていかねばなりません。

森:今回のマテリアリティの特定プロセスで、特に意識されたことはどんなことでしょうか。

宮﨑社長:より多くの社員の意見を反映することを意識しました。各事業・コーポレート部門の本部長・部長などに議論を重ねてもらい、事業活動におけるリスクと機会、そして将来に向けて当社が社会に貢献できることを考えてもらいました。

また黒田さんをはじめ、社外有識者の方々の客観的な視点も加味してまとめました。マテリアリティは、「社会からの要請」と「事業にとっての重要性」の2つの側面において重要度が高いものを選定しています。製品やソリューションを考えていく上では、アウトサイド・イン(社会課題起点)の発想が重要であり、社会課題の解決は新たな市場やビジネスに繋がるものと考えています。

黒田氏:マテリアリティを拝見した率直な感想として、貴社における国内外のキーパーソンを巻き込み、かつ丁寧なアプローチで特定されたことから、会社の戦略や事業特性がうまく表現されていると思います。ESGの項目がマテリアリティとして独立して選ばれており、必要な項目がバランスよく網羅されています。

環境への貢献が持続的成長の礎となる

森:マテリアリティとは、会社として取り組むべき最重要課題の特定というニュアンスで使われます。貴社は、その中でもトッププライオリティとしてSDGsのゴール13「気候変動に具体的な対策を」を選ばれました。

宮﨑社長:当社は、マテリアリティの中でも「持続可能な地球環境への貢献」とSDGsのゴール13「気候変動に具体的な対策を」を1番に掲げました。つまり、企業にとって持続性ある環境があってこそ健全な社会と事業が成り立ち、事業が持続することで、企業として社会に貢献できると考えています。

黒田氏:環境が一番にあるのはとても素晴らしいことです。よく目にするSDGsの17のアイコンは横並びのものが多いですが、最近ではウェディングケーキ型というものもあり、その図における基盤部分は環境であり、その上に社会、経済がある位置関係となっています。環境が社会や経済のベースにあるという考え方は、かなり浸透してきています。

森:「持続可能な地球環境への貢献」の活動目標の2番目に「循環型社会の実現」を挙げた理由をお聞かせください。

宮﨑社長:当社グループは、製品は環境保全のためにもリユースしていかなければならないと考えています。そのためには設計段階からリユースができるような発想をしなければなりません。「循環型社会の実現」という目標を掲げ、このような意識を当社グループ内に浸透させることで、製品のリユース化への取り組みを推進したいと考えています。

理科教育への貢献は未来への投資

森:マテリアリティとして「健康で安全、安心な暮らしへの貢献」「科学と産業の持続的発展への貢献」も挙げられています。

宮﨑社長:当社のコア技術は、“見る・計る・解析する”であり、これをベースにしたモノづくりを行っています。例えば、医療分野では血液や免疫の分析など、高い信頼性と付加価値のある製品・サービスをお客様に提供することを通じて、社会に貢献しています。つまり、健康で安全・安心な暮らしに科学技術で貢献する事業。これが当社の「あるべき姿」の1つです。

黒田氏:社会課題がさらに深刻化あるいは広範囲になっていく中で、それをビジネスの力で解決するという意義は大きいと思います。

宮﨑社長:社会が大きく変化していく中では、企業にはその変化に対応していくしなやかさが必要です。事業についても社会の変化や課題に対してフィットしたものでなければなりません。そして、当社グループが持続的に成長するためには、「社会対応力」を発揮し、自社の事業が社会に及ぼす影響をしっかりと把握・管理しながら、社会に提供する価値を最大化することで、SDGsの達成にも貢献できるものと考えます。

森:「科学と産業の持続的発展への貢献」として、SDGsのゴール4「質の高い教育をみんなに」に貢献するとされています。具体的にはどういった取り組みでしょうか。

宮﨑社長:当社は解像度の高い電子顕微鏡を製造しており、この電子顕微鏡を使い理科教育に貢献する活動をグローバルで展開しています。当社グループ社員が貸出先に赴き、指導者へ使い方を教えたり、社員自身が出前授業を実施しています。モノづくりには理科系人財が欠かせませんが、昨今の理科離れという社会課題は、長期的な視点では当社グループにとっての課題でもあります。この活動を通じて、子どもたちの理科離れへの歯止めに貢献するだけでなく、教育機関との関係強化や製品を通じた日立ブランドのプロモーションにもつながります。さらに参加した子どもたちが将来、当社グループのお客様や当社グループ社員になってもらえると嬉しいですね。

森:社会課題の解決とともに、未来の顧客づくりという側面もある活動ですね。

黒田氏:30年後、50年後を見据えた次世代への教育、特に理科教育は大変重要です。日本政府は「拡大版SDGsアクションプラン2018」で次世代教育を掲げており、現在の科学技術イノベーションだけではなく、未来へも投資されている点について貴社の役割は大きいと思います。SDGsに直接的に貢献できる活動目標を掲げ、貴社ならではの取り組みを実践されている点も素晴らしいと思います。

多様性を認める企業文化を醸成

森:「健全な経営基盤の確立」「多様な人財の育成と活用」というマテリアリティに対しては、どのような印象をお持ちですか。

黒田氏:両方とも重要な視点です。特に国内でも浸透してきた「ダイバーシティ&インクルージョン」については、女性活躍だけでなく、多様な人財が企業にとって、どうプラスになるのかということを、経営戦略の中にしっかりと盛り込むことが重要だと考えています。

宮﨑社長:黒田さんのおっしゃるとおりで、人それぞれ価値観が違う、それがいいんです。事業を進める上で、多様な価値観は非常に重要です。また、優秀な人財に長く働き続けてもらうためには、さまざまな働き方に対応したメニューの選択肢が多いことも必要だと考えています。

森:優秀な人財に長く働いてもらうためには、組織としてダイバーシティ経営を推進しないといけないわけですね。「健全な経営基盤の確立」についてはいかがですか。

宮﨑社長:「あるがままに本当のことをしっかりやる」こと、いわゆる透明性を重視しています。

黒田氏:昨今、自社のガバナンスはもちろん、特にサプライチェーンの透明性が問題になっています。人権に関しては、各国が国別行動計画を作る段階に入っており、途上国に伸びていくサプライチェーンだけではなく、国内でも重要性が増しています。

宮﨑社長:製造メーカーの多くは、部品製造を委託しているサプライヤーに膨大な量の金型の管理も委託し、量産が終了した金型の保管も合わせて要請する場合がありました。しかし下請法の運用基準に、量産終了後の金型の無償保管要請が違反事例として明記されたことで、製造メーカーでは、コンプライアンスの観点から対策が必要になりました。このサプライチェーン上の問題に対して当社のグループ会社では、製造メーカーに代わって金型の適正管理を行い、事業を通じて顧客の法令遵守を支援するとともに、サプライチェーン上の問題解決に貢献しています。

ともに社会対応力を高めていきたい

森:マテリアリティに取り組んでいくにあたり、どのようなことが課題でしょうか。

宮﨑社長:課題は、特定したマテリアリティを事業ベースに組み込むことです。例えば、「低炭素社会の実現」に対する取り組みには、それなりのコストが掛かりますが、これはコストではなく投資と考えています。それが将来の成長につながると考えているからです。特定したマテリアリティを事業ベースに組み込み、次期中期経営戦略と一体化することで成長戦略を描きます。

森:次期中期経営戦略は、マテリアリティベースで策定していくということですね。

宮﨑社長:現中期経営戦略もCSR、ESGは意識していますが、柱にはなっていません。次期中期経営戦略は、マテリアリティを軸に将来に向けての成長投資を行い、社会からより必要とされる企業をめざします。

黒田氏:SDGsやESGを踏まえた中期経営戦略を打ち出し、サステナビリティと経営戦略との両輪で事業を推進していくことを社内外にしっかり伝えることは、とても素晴らしいことだと思います。

宮﨑社長:私は常々、「世の中に必要とされる会社」「日立ハイテクが無くなると困る」と言われる会社をめざそうと言っています。そうなるためには常にどうあるべきかを考え、社会の変化に企業として対応していく。それが社会対応力です。この考えを社内に浸透させていくことが重要です。努力は社長一人がするものではなく、みんなでするもの。皆で一致団結して、社会対応力を高めていきます。

黒田氏:宮﨑社長の思いがすごく伝わってきました。また、企業に対してサステナビリティで求められているものがすごく大きいと改めて感じました。本日はありがとうございました。

森:私も非常に参考になりました。ありがとうございました。

【対談者】
黒田かをり氏
一般財団法人CSOネットワーク 事務局長・理事。民間企業に勤務後、コロンビア大学経営大学院日本経済経営研究所、米国民間非営利組織アジア財団の勤務を経て2004年より現職。2010年よりアジア財団ジャパン・ディレクターを兼任。2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の「持続可能性に配慮した調達コード」ワーキンググループ委員、SDGs推進円卓会議構成員、一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク代表理事などを務める。

【ファシリテーター】
森摂
株式会社オルタナ代表取締役・『オルタナ』編集長。日本経済新聞編集局記者、ロサンゼルス支局長などを経て、2006年株式会社オルタナ設立、2007年3月、雑誌『オルタナ』創刊。武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授、一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事、特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会(グローバル・プレス)理事長、CSR検定委員会委員などを務める。

森 摂(オルタナ編集長)

森 摂(オルタナ編集長)

株式会社オルタナ代表取締役社長・「オルタナ」編集長 武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。大阪星光学院高校、東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。環境省「グッドライフアワード」実行委員、環境省「地域循環共生圏づくりプラットフォーム有識者会議」委員、一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事、日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員ほか。

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