論説コラムー日本の難題に挑むソーシャル・インパクト・ボンド

SIBとはどういうものか? 行政の成果連動型支払い契約と民間資金の活用を組み合わせた官民連携手法のひとつで、行政に代わってNPOや社会的企業が画期的なサービスを提供し、大きな成果があがった場合、それに応じて支払い報酬が増える。

長期的に見ると、社会的課題の解決と行政コストの削減に貢献する画期的な仕組みだ。英国で2010年に始まり、現在、世界で137件の導入事例がある。

日本では20件前後の事例が報告されているが、正確にはSIBといえないようなものもある。その中で、先進的な成功事例として注目されるのが兵庫県神戸市と東京都八王子市の事業である。

神戸市の人工透析患者を減らすための糖尿病性腎症等重症化予防事業(2017年7月―2020年3月、事業費2,600万円)は、糖尿病性腎症のステージ進行により、ここ20年間で人工透析患者が2倍に増えている事態を踏まえ、未受診及び治療中断中のハイリスク者100人を対象に受診を勧めたり食事療法や保険指導で重症化を防ぐプログラム。

この分野で先進的な知見を有するベンチャー企業がサービスを提供、専門知識を持つ看護師や保健師が広島大学で開発した自己管理手帳を活用してきめ細かい指導を行った結果、2018年度の中間成果評価では、目標を達成することができた。人工透析まで悪化すれば一人当たり年間500万円の医療費がかかるだけに、予防できれば将来、他の病気も含め国レベルの社会保障費削減につながるのとして期待される。

八王子市の大腸がん検診・精密検査受診率向上事業(2017年5月―2019年8月、事業費976万円)は、国の平均に比べて大腸がんの検診受診率が8-9%と低いことから実施された。検診未受診者12,000人が対象で、サービスを提供した民間業者が工夫したのは、受診を勧めるハガキ。これまでは画一的なお役所文書だったのを、対象者の医療情報をAIで分析、「もし仮にがんが発見されても早期であれば治療しやすい」など個々の懸念を払しょくする思いやりに満ちた内容のハガキを送った。

その結果、受診率は26.8%と飛躍的に伸びた。精密検査受診率、早期がん発見数、されには、死亡率がどこまで下がるか、発見後の5年生存率の向上についても成果が期待されている。

このふたつのSIBの事例は本格導入のお手本ともいうべきもので、医療・保健分野でしかも予防に重点を置いている点でSIBの使い方としてひとつの方向性を示しているが、SIBは普及に向けての課題も少なくない。

社会変革推進財団の青柳光昌専務理事は①SIB事業の仕組みが複雑で組成に手間がかかるため自治体の理解が追い付かない。中間支援組織の育成や自治体向け理解の場の提供が必要②成果連動型民間委託契約のコストについて行政側の意識が低いうえ、予算が単年度主義であることから中長期の成果指標設定が難しい。債務負担行為の簡略化や国の補助が求められる③成果指標の設定に不可欠なエビデンスが不足しており、データベース作りが急務④事業規模が小さいため投資資金の調達が容易ではない。広域連携や予算枠が大きいテーマの導入、PFIとのセットなど工夫すべき--などを指摘している。

今後、日本でSIBがどこまで広がるか注目したい。(完)

harada_katsuhiro

原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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キーワード: #SDGs

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