なぜ鶏卵業界は動物福祉を恐れるのか

一方、鶏肉の場合、消費者意識の変化だけではない動機づけが存在する。抗菌剤が効かない菌により人々の健康が脅かされるという薬剤耐性菌の問題だ。

2050年には薬剤耐性菌による死亡者数が、癌の死亡者数を超えると予測されるほど重要な課題であるが、抗菌剤の3分の2が畜産・水産業に使われているにもかかわらず、対策は遅れてきた。

2018年のEU決議では、動物福祉が低ければ病気の罹患率が上がり、動物福祉に配慮された飼育自体が病気の予防効果を持ち、抗菌剤を減らすことにつながるのだと強調された。これに加え、欧米の動物保護団体が連携して決めた鶏肉の福祉基準「ベターチキンコミットメント」に準拠させることを目指したキャンペーンが生まれた。

動物福祉に配慮された肉用鶏の飼育(©️Compassion in World Farming)

消費者啓発を含めて3年ほど前から始まり、すでに北米のバーガーキングなど220以上の企業が、より人道的な鶏肉に切り替えることを宣言している。

国産の鶏肉の薬剤耐性菌保有率が外国産の鶏肉よりも高いことが厚生労働省の調査で明らかになっているにもかかわらず、残念ながら日本にはまだ宣言する企業はない。

飼育環境には無関心日本企業の取り組みが進まない理由として、消費者も企業内の人々も含めて、全員が動物の飼育状況を知らないことがまず挙げられる。認知度調査を行っても、採卵鶏がどのように飼育されているのかを知っている又は聞いたことがある人は31.4%、肉用鶏は20.3%と非常に低い。

動物福祉についての知識も浅い。これは消費者や企業だけでなく、生産者も政治家も行政も同様だ。アニマルウェルフェアまたは動物福祉という言葉を聞いたこともない人が85%にも上る。

幸い、これらは改善に向かいつつある。売り場も少しずつ変わっており、平飼い卵が売られているスーパーマーケットの割合は2015年には22%だったが、2019年には51%まで増加した。消費者がお店に要望して導入されてきた経緯がある。

しかし、消費者が取るべき行動と、企業が取るべき行動は異なる。企業と話をすると必ず「供給量が足りない」と言われるが、今供給量が足りないのは当たり前だ。

ケージフリー卵を必要量供給するためには、鶏舎を建て直し、120日かけて雛を育ててからでなければならないし、ベターチキンを供給しようとしたら、品種を変え、止まり木を設置し、食鳥処理場での屠畜方法をガススタニングに変えなくてはならない。

企業が取るべき方策は、より良い将来を思い描き、道を示すことだ。世界動物保健機関(OIE)が「動物の利用には動物福祉を確保する倫理的責任が伴っている」と定義しているのだから。

東京オリパラに向けて

chihirookada

岡田 千尋(NPO法人アニマルライツセンター代表理事/オルタナ客員論説委員)

NPO法人アニマルライツセンター代表理事・日本エシカル推進協議会理事。2001年からアニマルライツセンターで調査、戦略立案などを担い、2003年から代表理事を務める。主に畜産動物のアニマルウェルフェア向上や動物性の食品や動物性の衣類素材の削減、ヴィーガンやエシカル消費の普及に取り組んでいる。【連載】アニマルウェルフェアのリスクとチャンス

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