わたしたちが毎日食べている卵や肉がどのようにしてつくられたのか、考えたことはあるだろうか。食品のトレーサビリティに注目が集まるようになって久しく、農産物などではイメージが沸く人も多いと思うが、家畜として飼われている動物たちを思い浮かべる人は少ないだろう。
アニマルウェルフェアは、動物たちは生まれてから死ぬまで、その動物本来の行動をとることができ、幸福(well-being)な状態でなければならないという考え方だ。
すでにヨーロッパではアニマルウェルフェアは浸透しており、消費者も認証ラベルをみてその商品が配慮されたものかどうかを判断して選ぶことができる。しかし日本ではまだアニマルウェルフェアの認知自体がまだ1割程度という現状だ(※)。本稿ではアニマルウェルフェアとは何かを知るとともに、日本で広まらない要因や今後の可能性について考察していく。※東京都市大学枝廣研究室が行った「AWに関する意識と取り組みについて」アンケート(2016年)(伊藤 恵・サステナビリティ・プランナー)
■アニマルウェルフェアの原則
欧州や各国の法令の基礎となっている考え方に「5つの自由」という原則がある。
・飢え、渇き及び栄養不良からの自由
・恐怖及び苦悩からの自由
・物理的、熱の不快さからの自由
・苦痛、傷害及び疾病からの自由
・通常の行動様式を発現する自由
「5つの自由」は1960年代にイギリスでうまれたものだが、当時イギリスでは、家畜飼育の虐待性や、ホルモン剤、抗生物質などの薬剤を大量に投与されたことによる畜産物の汚染が社会問題になっていた。
生産コストの削減や効率化を追求した結果、家畜たちは動物本来の生き方から逸脱した状態で虐げられ、汚染され、安価に肉や卵を手に入れる代償として人々は食の安全が脅かされるという事態に直面したのだ。
このことをきっかけに欧州ではアニマルウェルフェアの考え方が広まり、それに即した法令や補助金、認証制度などを整えていき、いまではアニマルウェルフェアに配慮された商品とそうでない商品の価格差がほぼない国も増えている。
日本の飼育方法の現状とアニマルウェルフェア先進国の対応
わたしたちが日々食べている卵を産む鶏(採卵鶏)を例に比較してみよう。採卵鶏の飼い方には4種類にある。1つ目が「バタリーゲージ」という鳥かごでの飼育。平均面積は430㎠と鶏の体より小さなスペースでほぼ一生を過ごす。
2つ目は「エンリンチッドゲージ」と呼ばれる最低面積750㎠と定められた鳥かごでの飼育。止まり木など鶏の生態に即したものも設置されている。
3つ目は平飼、つまり屋内での放し飼いで、鶏本来の行動であるついばみや羽ばたき、砂浴びも可能になる。最後は放牧で屋外にも出られる自然にもっとも近い環境下での飼育だ。
実は日本でわたしたちが買っている卵のほとんどが、もっとも過酷な環境である「バタリーゲージ」で採卵された卵である。日本の採卵業者の92%がバタリーゲージで飼育していると回答し、しかも95%が1つのゲージに2羽以上入れていると回答した(※)。
※参照:岩波書店「アニマルウェルフェアとは何か」枝廣淳子著
一日中自分より狭いかごの中で、他の鶏と押しあいながら、ただ餌を与え続けられる。これが鶏にとって幸せな環境でないことは想像に難くない。対して欧州では2012年にバタリーゲージは禁止されている。
アニマルウェルフェアへの対応は、バタリーゲージの禁止や最低飼育面積の拡大、くちばし切断の禁止などさまざまなかたちで世界中に広まってきた。欧州を中心にアメリカ、スイス、インドや韓国などアジアでも同様の動きがみられる。
■なぜ日本でアニマルウェルフェアは広まらないのか
このようにアニマルウェルフェアへの対応が世界では必須とされ法整備が進む中、なぜ日本では広まらないのだろうか。理由は大きく2つあると考えられる。
ひとつは日本が畜産物輸出国ではないということだ。和牛など一部の高級牛が海外でも人気だが、総量としてはごくわずかである。欧州以外でアニマルウェルフェアに対応している国は、中国やタイ、ブラジルなど畜産物の輸出国が多い。ゆえに世界の流れに沿った形で消費者やマーケットに選ばれるための努力が必要だが、日本は世界市場からアニマルウェルフェアのプレッシャーを掛けられることもほぼない。このような理由から日本は、いまだに生産効率やコスト優先の状態が続いているのだ。
二つ目が消費者意識の低さ。先にも述べたように日本人の9割はアニマルウェルフェア自体を知らない。そのような状況の中で、わざわざコストをかけてアニマルウェルフェアに対応した商品を開発しようという企業も増えない。
わたしたちが普段買うお店に例えば平飼いで飼育された鶏の卵が置かれることはほとんどなく、アニマルウェルフェアが購買の選択肢にならず、ますます関心が高まる機会が減っていくというスパイラルに陥っている。
世界からのプレッシャーがない日本において、消費者たちの内なる声は日本のアニマルウェルフェアの未来にとっても重要な要素ではないだろうか。
■国内企業の取り組み
このような状況の中でも、国内でアニマルウェルフェアへ対応をはじめる企業が少しずつ増えてきている。その多くはグローバル企業で世界的な基準設定の流れを受けて、日本国内でも準拠するというパターンだ。
しかし日本だけ例外規定が設けられるケースや達成年度が後ろ倒しにされているという事例もみられる。その中でもホテル業界は日本国内でもアニマルウェルフェアの基準を公表する企業が多くみられる。
世界7ブランド、4500のホテルを展開するインターコンチネンタルホテルは2025年までに日本を含む全グローバル拠点で、100%平飼い卵を調達する方針を2019年掲げた。
日本のホテル業界では、すでに平飼い卵の調達方針を公表しているところも多く、マリオット・インターナショナル、フォーシーズンズ・ホテルズ&リゾーツ、ヒルトンなども公表している。これは海外からの観光客を意識した戦略であり、世界水準に合わせることで選ばれるホテルになることを目指している。
もっと国内で企業ガバナンスとして取り組む動きを広めるにはどうすればよいのか。必要なのは消費者意識を高めることだ。普段行く店に平飼いの卵が売っていなかったらリクエストしてみる。アニマルウェルフェアに配慮したレストランを選ぶ。小さな事かもしれないが、アニマルウェルフェアを意識する消費者が日本でも増えれば、国内企業も対応を考えざるを得なくなるだろう。
先行している欧州では、政府と畜産農家の努力により、価格差もほぼなくなっており、消費者が自由に選べる状態が出来つつある。
日本でも政府の法整備とともに、アニマルウェルフェアをコストと捉えず、これからの消費者に選ばれるものをつくるためのビジネスチャンスとして取り組む企業が増えていくことを願うばかりだ。