「脱プラ」が叫ばれる中、愛知県西尾市でプラスチック成形を手掛ける町工場の2代目社長らが、廃プラスチックの油化事業に取り組み始めた。地域の農林漁業者とも連携して、海洋汚染の元とされる漁網やビニールハウスのシートなども発電用の油にリサイクル。「小さな会社が小さいなりに地域に貢献して、未来への責任を果たしていきたい」と、小学校の出前授業などにも走り回っている。(オルタナ編集委員=関口威人)

愛知県西尾市の「壱武工業所」社長の竹口達也さん(左)とコンサルタント役の中根智幸さん

■「プラを油に」父の言葉と循環社会づくり重なる

抹茶や養殖ウナギが特産の西尾市。トヨタ自動車のお膝元にも近く、多くの製造業が立地する。1976年創業、従業員19人の「壱武工業所」もその一つだ。

「物心ついたときからプラスチック成形の仕事を見てきた。父親からは『プラスチックは油から出来ていて、本来はもっと油に戻るものだ』と聞かされていた」

こう話すのは2代目社長の竹口達也さん(45)。先代で現会長の父・雄さんの家業を15年前に引き継いだ若社長だ。「プラスチックを油に戻す」という父の言葉は、製造工程で大量に出る廃プラを油にして、いつか「儲けたい」という意味だったという。

主に「炊飯器のふた」などの家電製品や自動車のプラスチック部品を受注、リーマンショックも何とか乗り越えてきた。だが今、「脱プラ」というショックが、経営の損得以上にこたえている。

「プラスチックは悪者なのか? うちの会社の存在は悪なのか?」

そう迷っていた竹口さんに、中学の同級生で社会福祉事業のプロデュースなどを手掛けている中根智幸さん(44)が、SDGsについて教えてくれた。持続可能な社会づくりのため、さまざまな分野同士でパートナーシップを組むこと。その理念に、「油を循環させたい」という父の言葉が重なった。

「回収した廃プラスチックを油化して、地域で循環させよう」。竹口さんと中根さんがこう意気投合して走り始めたのが、1年ほど前のことだった。

■小型装置で地域回り「新しいサービス作る」

プラスチックの油化自体は、技術的に確立されている。いわゆる「ケミカルリサイクル」として、通常は大企業が巨大プラントを造り、ボイラーなどの燃料に使う。これに中小企業が取り組んでも、投資に見合う採算は取れないとみられていた。しかし、台車で運べるまでに小型化したリサイクル装置を、同じ愛知県内の企業が開発したという。竹口さんは岡崎市にある「グローバルアライアンスパートナー」を訪れ、その「卓上油化装置」の導入を決めた。

卓上油化装置はちょっとした科学の実験装置のような形状で、ごみ箱大の「分解釜」に砕いた廃プラを投入する。1時間以上かけて熱分解し、筒状の「回収塔」に油がたまり始める。700グラムの廃プラから、6時間で600ミリリットルの油が生成されるという。

どんなプラスチックも油になるわけではない。ペットボトルは不可だが、キャップの素材であるポリプロピレンやポリエチレン、ポリスチレンなら可能だ。「実は自分もそこまで知らなかったから、油って何? というところから勉強し始めた」と竹口さんは笑う。

廃プラから生成された油。左からペットボトルキャップ、材料袋、ホタテ養殖かご、ビニールハウスのシートが原料

分かってしまえば、そこからは「プロ」の仕事だ。素材や用途を見極めながら、漁網やホタテの養殖かご、ビニールハウスのシートなど、従来は燃やして捨てるしかなかった廃プラを回収し、油化できるか確かめてみた。自社の工場では、プラ原料を入れる「作業袋」も大量の廃プラとして出ていたが、切り刻めばどんどん油化できることが分かった。

燃料油としての品質は、原料によってまちまちだ。一般的な軽油相当になるものは一部で、ほとんどはそれほど品質は良くならない。それらをデータにとってまとめているが、油自体で儲けるというよりも、「そこから新しいサービスを作る」と割り切った。

中根さんがつなぎ役となり、地元の海のイベントや小中学校の授業などで装置を実演。廃プラを油にして、その燃料から作る電気で機械を動かし、ペットボトルキャップを「コマ」に変える様子を見せて、子どもたちを喜ばせる。後日、家庭の廃プラを持って来るよう「宿題」を出すこともある。

大学の研究室や農林漁業者と連携し、漁網などを防災用の備蓄油にできないか、海の「マイクロプラスチック」も回収できないかと、いろいろ検討している。発電時に発生するCO2も回収して、農作物の育成に生かせれば、より完全な循環が実現できるかもしれない。

「まずは地域でスモールスタートをしたい。コロナ禍で、新しいことに挑戦したいという人たちとの接点も増えた。これから先は明るい」と意気込む2人だ。