「健全な資本主義」は、「健全な民主主義」が前提だ。しかし、その民主主義の基盤が揺らいでいる。2021年1月の米国議会襲撃事件に象徴される「分断と対立」は、世界や日本をも揺らがす。新型コロナによる分断も深刻だ。私たちは、民主主義を守るために何をすべきだろうか。ノンフィクション作家・昭和史研究家である保阪正康さんに聞いた。(聞き手・オルタナ編集長・森 摂、オルタナ編集部・吉田広子、池田真隆、長濱慎、撮影・山口勉)

時代の深層を読み、今後あるべき民主主義の姿を語る

保阪正康(ほさか・まさやす)
ノンフィクション作家・昭和史研究家。1939年、北海道生まれ。同志社大学文学部卒業。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。個人誌『昭和史講座』を中心とする一連の研究で第52回菊池寛賞を受賞。『ナショナリズムの昭和』(幻戯書房)で第30回和辻哲郎文化賞を受賞。『昭和史 七つの謎』(講談社文庫)、『あの戦争は何だったのか』(新潮新書)、『昭和の怪物 七つの謎』『近現代史からの警告』(共に講談社現代新書)、『昭和天皇実録 その表と裏』(毎日新聞社)、『陰謀の日本近現代史』 (朝日新書) ほか著書多数。

■明治維新から敗戦まで77年、そして敗戦から77年目が今年

「日本の民主主義は米国からの借り物」と、ノンフィクション作家の保阪正康さんは指摘する。ならば明治から戦前にかけての日本に、民主主義は存在しなかったのか。国民主権を掲げた日本国憲法を「押しつけの憲法」と切り捨てて良いのか。歴史を丹念に紐解いて、日本が理想とする民主主義について議論を深めることが必要だと、保阪さんは強調した。

■民主主義には3つの大切な要件がある

――現在の日本の民主主義はどのように生まれたと考えますか。

古代ローマやギリシアの時代からさまざまな思想家や哲学者が、民主主義的な発想というものを人類の進化の到達点と考えてきました。民主主義の定義は人や時代によりますが、私は3つの要件があると思っています。

1つ目は基本的人権。これは人間が生まれた瞬間から持っているもので、無条件で尊重しなければなりません。

2つ目は、一人ひとりが基本的人権を自分の権利として理解すること。単なる国民(シチズン)や戦前のような臣民(君主に支配される存在)ではなく、自立した市民(シビリアン)として生きなければなりません。

3つ目は、国家権力側が基本的人権の大切さを理解し、民主主義にのっとった立法、司法、行政を機能させることです。

この3つがなければ、民主主義とはいえません。

私たちが現在「民主主義」と呼んでいるものは、1945年の敗戦後まもなく、米国やGHQを通じて入ってきました。日本は自らの手で民主主義を実現したのではなく、いわば「借り物」です。それを「本物の民主主義」に変えていく作業が必要です。

アメリカン・デモクラシー、日本語で言う「戦後民主義」と、本来あるべき普遍的な民主主義との違いは何なのか。こうした議論を深めていかなければならないのですが、私たちはほとんど行っていないのが現状です。

■「米国から押し付けられた憲法だから変える」は暴論

――日本の民主主義を考えるにあたって、日本国憲法の議論は避けられません。自民党政権は2012年4月、改憲草案を発表しました。改憲派は「米国から押し付けられた憲法だから変えるべき」と主張しています。

「押し付けられた」というのは、歴史を知らない人間の暴論です。実は日本国憲法につながる民主主義的な考え方は、明治時代からあったのです。1868年に明治政府が生まれるとともに日本をどのような国にしていくべきか、議論を交わしました。

その一つの方向性が、民主主義体制の国をつくろうというものです。板垣退助や後藤象二郎らの自由民権運動がそうですし、中江兆民はフランス革命の影響を強く受けました。彼らは現在の日本国憲法が定めているような社会を、すでに考えていたのです。

その後の日本は結果的に「軍事」が主導する国になりましたが、そうではない民主的なシステムをつくろうとした先人が何人もいました。彼らの思想が歴史の水脈として、現在まで受け継がれているのです。

■米国が「民主主義の模範」だとは思わない

――米国でも民主主義とは何か、人権とは何かという議論が盛んです。昨年1月には、トランプ前大統領の支持者が連邦議会に乱入するなど、民主主義を揺るがす事態になりました。

米国が民主主義の模範だとは、私は思いません。ならば英国はどうかといえば、それも違うでしょう。「完成された民主主義」は簡単に実現できないのです。各国はそこに少しでも近づく努力をしなければなりません。私の印象として、現在の米国はヨーロッパよりも努力が欠けているように思います。

歴史を振り返ると、米国の民主主義も、東西冷戦が始まるとともに「共産主義に打ち勝つための思想」になり、思想信条の自由を制限するようになりました。時代によって民主主義が形を変える点にも、注意しなければなりません。

これはあまり知られていないことですが、1941年12月の真珠湾攻撃を受けて、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトが演説をしました。そこで彼は「無条件降伏を受け入れるまで徹底的に戦って、日本を二度と米国に抵抗できない国につくり替える」と言ったのです。

現在の日本の姿を見ると、実際にその通りになりました。本来の戦争は政治的な懸案を解決するための手段であって、国家の形まで変えてしまうものではありません。米国が掲げる民主主義には、こうした側面もあるわけです。

■「270年間、一度も戦争をしなかった」日本

――完璧な民主主義を実現した国など、ないわけですね。つまり明確な正解がない中で、私たちは日本のあるべき民主主義の姿を模索しなければならないのですね。

そのために歴史を振り返り、日本の良い部分を今一度整理しなおす必要があります。日本は徳川幕府の下で、270年近くも鎖国をしていました。その間、ヨーロッパは植民地戦争ばかりやっていましたが、日本はただの一度も戦争をしていません。

戦闘要員である武士階級は存在していましたが、彼らは戦争がなかったために武芸や学問に励みました。江戸では武士が寺子屋を開いて町民に読み書きや算盤を教え、識字率は相当に高かったといいます。

学問修行のために息子を長崎に送り、レベルの高い教育を施した武士もいました。このように、日本は「鎖国」という閉鎖社会なりに努力を重ねていたのです。

農村においても「結(ゆい)」や「もやい」などの相互扶助が、人々の暮らしを支えていました。もちろん封建的な身分制度はありましたが、農村においては生まれてから死ぬまで安心して生活できるシステムができていたのです。

他にも「和を尊ぶ」など、立場や価値観が異なる人間同士が共に生きていくための知恵がありました。明治政府はそれらを「古い」と切り捨ててしまいましたが、今一度、先人がどのような知恵を持って社会をつくってきたのかを学ぶことが大切です。

■2度目の「77年後」の今年こそ、民主主義を考える時

――江戸時代の日本人が一度も対外戦争をしなかったことは、これからの日本の民主主義を考えるヒントになるような気がします。

270年間戦争をしなかったことは、確かに日本人の性格形成に関係していると思います。しかし明治政府はヨーロッパから軍事論を持ち込み、戦争と富国強兵に走りました。戦争を「国家の事業」にしてしまい、他国の領土を手に入れたり賠償金を取ったりすることに明け暮れたのです。

こうして1868年の明治維新から始まった近代日本は77年後の1945年、敗戰によって解体されました。それから米国に占領され民主主義を導入した現代日本に代わって、2022年でちょうど77年になります。奇しくも同じ年数が重なった今年こそ、民主主義について今一度議論を深めるべきではないでしょうか。

(中)に続く