買った自社株を消却せず財団で社会還元:小林製薬の真意とは

記事のポイント


  1. 小林製薬は買い取った自社株からの配当を元手に活動する公益財団を設立
  2. 配当を社会貢献に充てるという考えは、株主の理解も得て、財団が動き出した
  3. 設立に尽力した山根聡専務に、その真意を聞いた

小林製薬が、買い取った自社株からの配当を元手に活動する公益財団を立ち上げてから5年あまりが経った。本来なら、買った自社株は消却して一株当たりの利益を上げるのが一般的だが、同社はそれをせず、配当を社会貢献に充てた。その考えが株主の理解も得て、財団が動き出した。設立に尽力した山根聡専務に真意を聞いた。(オルタナ副編集長=吉田広子)

「企業の利益は社会に還元すべき。その仕組みの一つが、企業財団だ」と話す(撮影・洞タツヤ)
山根聡・小林製薬専務取締役(撮影・洞タツヤ)


山根聡(やまね・さとし)
小林製薬専務取締役。1983年、小林製薬入社。2004年、執行役員取締役会室長兼成長戦略室長。2006年、取締役グループ統括本社本部長。2011年、常務取締役。2016年から現職。2017年に自己株式を原資に、公益財団法人青い鳥財団を設立し、評議員に就任した。

(目次)
■ カラオケ型経営で全社員を主役に
自社株で財団設立、株主の9割が賛同
■ プロボノ参加で社会感度を高める
■ 国産の漢方薬作り、高知で生薬試験栽培

――全従業員が参加する「アイデア提案制度」には、年間5万8000ものアイデアが寄せられるそうですね。小林製薬のブランドスローガン「『あったらいいな』をカタチにする」を具現化する取り組みです。

アイデア提案制度は、1982年に始まりました。新入社員から社長まで全員が月に1回以上、新商品のアイデアや業務改善などの提案を行います。8月の創立記念日には、「全社員アイデア大会」も開催しています。当社はニッチ戦略ですから、「アイデアがすべて」なのです。

社員一人ひとりがアンテナを高く持ち、社会の変化に敏感になり、消費者のニーズや困りごとに耳を傾けて、社会課題をどう解決できるかを考える――。「社員一人ひとりが主役の経営をする」という哲学を実践するための取り組みです。

低気圧による不調に効く漢方薬「テイラック」など、一部に商品化されたものはありますが、商品化の事例は10個に満たないと思います。提案制度は、基本、組織風土づくりなのです。

社員にとっては、提案に対するフィードバックがあると、自分の考え方がどう受け入れられるか、どう評価されるのかが分かります。ほめられればうれしいですし、商品になればもっとうれしい。商品化されると、最高100万円が贈られるほか、ロイヤリティも発生します。

優れた提案をした社員や貢献度が高い社員は、社長との夕食会に招待します。毎年70人ほどが集まります。

評価する側にとっても、一人ひとりのアイデアに耳を傾けるという習慣が身に付きます。これが、社員一人ひとりを生かす経営の実践につながるのです。今後は、海外にも提案制度を根付かせたいです。

■ カラオケ型経営で全社員を主役に

――小林製薬が掲げる「全社員参加経営」を実践するための取り組みなのですね。

アイデア提案制度を導入して10年ほど経ったころ、小林一雅会長が「全社員参加経営」を掲げるようになりました。その当時は「カラオケ型経営」と呼んでいました。

カラオケは、誰でもステージに立ってマイクを握ると主役になる。つまり、「全社員が主役」の経営ということなのです。

社員一人ひとりが主役であり、一人ひとりを尊重するという経営は、そのころから重視しています。

――「『あったらいいな』をカタチにする」というブランドスローガンは、社会課題解決にも広がっています。小林製薬は、「健康」や「福祉」の分野で活動するNPOなどを支援するために、青い鳥財団を立ち上げましたね。

青い鳥財団が支援したスマイリングホ スピタルジャパン。闘病する子どもたちの支援を行っている

2015年にSDGs(持続可能な開発目標)が国連で採択され、翌2016年に、当社の中期経営計画にSDGsを盛り込みました。

その流れの中で、当社が保有する自己株式を拠出し、2017年に青い鳥財団を設立したのです。株式配当を活動原資としています。小林製薬の創立100周年の記念事業でもありました。

その当時、私は財務も担当していました。「株主還元」の充実のために、自社株買いを進めていたのですが、自己株式はたまり続けます。一般的には、それを「株式消却」という形で消滅させるのですが、もっと意味のある使い方はできないかと考えていました。

もともと私は入社してすぐに、米医療機器のメーカーと小林製薬の合弁会社で営業やマーケティングを担当していました。医療現場に近いところで、病気や障がいに苦しむ人たちをたくさん見てきました。その人たちに何かできることはないか、常に頭の中にあったのです。

1990年に小林製薬に戻り、現会長の秘書になったのですが、当社は一般用医薬品が主体なので、直接的な貢献は難しい。何か道はないか探しているなかで、自己株式の処分と財団設立がうまく結び付いたのです。

財団の活動として、子どもの病気や健康、障がい児のケアに特化したいと思ったきっかけは、「医療的ケア児」という存在を報道などで知ったことでした。それをサポートするNPOの活動を知り、強く胸を打たれたのです。そうした人たちを応援したいという思いで、青い鳥財団を立ち上げました。

障がいがある子供たちの学習支援を行う「Learning Crisis研究会」も、青い鳥財団の助成先の一つ
障がいがある子どもたちの学習支援を行う「Learning Crisis研究会」も、青い鳥財団の助成先の一つ


――株式消却ではなく、自己株式の配当金を財団の活動原資にするこということに、反対の声はなかったのですか。

発行済み株式の1%にあたる85万株を1株あたり1円で信託銀行に譲渡し、財団を設立する計画でした。自己株式を1株1円で信託財産にするには、株主総会の特別決議事項として、議決権の3分の2の賛成を得る必要があります。

しかし、議決権行使助言会社からは「安定株主づくりに過ぎない」として、反対を推奨されました。株主総会の一週間前には、経済紙に否定的な記事が掲載されました。

当時、市場は「安定株主づくり」に対する疑念を持っていて、株式を利用した財団設立をネガティブにとらえる風潮があったのです。

自社株で財団設立、株主の9割が賛同

――どのように乗り越えたのでしょうか。

「企業の利益は社会に還元すべき。その仕組みの一つが、企業財団だ」と話す(撮影・洞タツヤ)
「企業の利益は社会に還元すべき。その仕組みの一つが、企業財団だ」と話す(撮影・洞タツヤ)

有料会員限定コンテンツ

こちらのコンテンツをご覧いただくには

有料会員登録が必要です。

yoshida

吉田 広子(オルタナ副編集長)

大学卒業後、米国オレゴン大学に1年間留学(ジャーナリズム)。日本に帰国後の2007年10月、株式会社オルタナ入社。2011年~副編集長。執筆記事一覧

執筆記事一覧

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..