USスチール買収で問われる日本製鉄の脱炭素戦略

記事のポイント


  1. 日本製鉄は6月18日、USスチール社の買収を完了したと発表
  2. 今後注目されるのは、日本製鉄がどのような技術に投資するかだ
  3. 日本製鉄は買収を脱炭素戦略推進の転機にできるか、その判断が今まさに問われている

日本製鉄は6月18日、米国鉄鋼大手USスチール社の買収を完了したと発表した。日本製鉄による約149億米ドル(約2兆円)規模の買収提案は、1年半にわたる政治的な議論の末、ついに実現した。この動きの裏で浮かび上がるのが、「どのような技術に投資するのか」という問いだ。日本製鉄は今回の買収を脱炭素技術と海外展開を両立させる転機とできるか。その判断が、今まさに問われている。(スティールウォッチ・石井三紀子)

USスチール社のビッグリバー製鉄所は最新鋭の電炉を使う
(c) United States Steel

日本製鉄はこれまで、買収に向けて、USスチール社の設備などに約2兆円を投じるとしてきた。問われるのはその資金の使い道だ。

USスチール社は最新鋭の電炉(米アーカンソー州・ビッグリバー製鉄所)による高級鋼の生産が期待される。その一方で、依然として生産の多くを、石炭を使う「高炉」に依存しており、買収後の方向性が問われる。

日本製鉄の技術力と資金力、USスチール社の鉄鉱石、米国の再エネ資源という組み合わせは、新たな脱炭素の機会を生む可能性がある。自動車産業などから需要が高まる「低排出鋼材」への対応も進む可能性がある。 しかしこれまで、日本製鉄の計画では、石炭を主原料とする高炉への投資を具体策として挙げてきた。

■日鉄の脱炭素計画は政府目標と大きな乖離が

本買収が日本製鉄の脱炭素戦略に与える影響について、まずその排出量に注目する必要がある。

日本製鉄は、2023年度の総排出量(スコープ1と2)を7650万tと報告しており、2030年目標(7240万t)までわずか410万tに迫る。

一方、日本政府が掲げる2035年60%削減、2040年73%削減目標と比較すると、日本製鉄の計画には大きな乖離がある。国際気候NGOスティールウォッチの推計では、同社は2040年においても政府目標より約740万t多く排出すると見られている。

また、買収先のUSスチール社も大規模な排出源である。USスチールの北米事業における総排出量(スコープ1)は2023年に約1926万tと報告されている。現在稼働中の高炉6基(モンバレー製鉄所2基とゲーリー製鉄所4基)の総排出量は約1300万tにも及ぶ(スティールウォッチ推計)。

日本製鉄はこれら6つの高炉を2030年までにリライニング改修(高炉内部を覆う耐火レンガの摩耗や損傷を改修する作業)し、操業を継続する方針を表明している。

オーストラリア企業責任センター(ACCR)によると、高炉改修は1基あたり3〜10億米ドル(約430億円~1450億円)(15〜25年サイクル)かかるとされ、将来の規制強化による座礁資産リスクがあると報告している。

さらに米政府は、雇用や産業保護の観点から、「黄金株」を通じて日本製鉄の投資の実効性や今後の方向性に継続的に関与する仕組みを表明している。

ラトニック米商務長官は6月14日、「USスチールへの140億ドル(約2兆円)の投資の削減・放棄・遅延」や「猶予期間を設けない工場の閉鎖や休止」などについて、米大統領が黄金株を根拠に発生を防止するとSNSに投稿している。 これにより、環境への影響やコストの理由から高炉を早期閉鎖という判断が日鉄側にあったとしても、事実上米政権によって制限される可能性もあり、日鉄の脱炭素戦略にとって新たな足かせとなりかねない。

■米最大の環境団体なども買収に反対していた

日本製鉄は国内需要の鈍化を背景に「粗鋼1億t体制」を掲げ、海外展開を進めてきた。

2023年12月、USスチール社を約149億米ドル(約2兆円)で買収する方針を発表。世界3位の粗鋼生産企業となる計画は、脱炭素先進国・米国市場へのアクセスと、IRA(米国インフレ抑制法)などの政策支援を受けられる好機として注目されていた。

しかし2024年初頭、米大統領選を控えてトランプ氏、バイデン氏ともに買収に反対姿勢を示し、政治的な逆風が強まる。

日本製鉄は懸念緩和のため、同年3月に約14億米ドル(約2030億円)、8月に追加で約13億米ドル(約1890億円)を投資する方針を発表した。

USスチール社の従業員宛書簡では、高炉6基を2030年までに改修する方針を表明。これは雇用維持と地元支持を狙う一方で、石炭高炉の長期稼働を確約するものであり、自社が掲げる「カーボンニュートラル2050」との矛盾が表面化した。

この動きに対し、米国最大の環境団体であるシエラクラブなど二十数団体が、深刻な気候変動と労働問題への懸念を理由に、議会に買収反対を公式に表明した。

2025年1月、バイデン政権は国家安全保障上の理由で買収を差し止め、日本製鉄は提訴で応戦した。

4月、トランプ氏が再び政権を握ると、CFIUS(対米外国投資委員会)に再審査を指示し、5月には買収支持を表明するとともに、日本製鉄は総額140億米ドル(約2兆円)の投資計画を発表した。 そして6月13日、トランプ大統領が買収を条件付きで承認。米政府に拒否権を与える「黄金株」の発行を条件に、買収は成立に向けて大きく前進した。

USスチール社深刻な公害問題を引き起こしてきた
脱炭素と買収の整合性
株主総会で問われる
■カギは「石炭依存」から転換できるか

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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キーワード: #脱炭素

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