EUサステナ規制の緩和・簡素化で、日本企業の「本気度」が試される

記事のポイント


  1. 欧州のサステナ関連ルールが、相次いで緩和・簡素化に動いている
  2. 制度は揺れても、気候変動や生物多様性の喪失といった課題は変わらない
  3. 規制が一歩下がったように見える今こそ、二歩進む準備をするときだ

欧州を中心に、これまで厳格化の方向で進んできたサステナビリティ関連ルールが、相次いで緩和・簡素化の動きを見せている。企業の反応には「安堵」もあるかもしれないが、制度化が後退しても、背景にある気候変動や生物多様性の喪失といった課題は変わらない。規制が一歩下がったように見える今、どのように対応するかで企業の本気度が試されている。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

サステナ規制の動向を、企業はどのように捉えて対応していく必要があるのだろうか

■サステナ規制の緩和・簡素化相次ぐ

最近、サステナビリティの世界で、少し気になる動きが続いています。欧州を中心に、これまで厳格化の方向で進んできたサステナビリティ関連ルールが、相次いで緩和・簡素化されているのです。さらに、国際的な開示基準づくりの場でも、自然関連開示について、当初期待されていたよりも慎重な方針が示されました。

たとえば、企業に環境・人権・社会課題への対応状況を詳しく報告するよう求めるCSRD(企業サステナビリティ報告指令)は、対象企業の範囲が大きく見直され、当初想定よりも8割も少なくなる方向で制度設計が進んでいます。

また、森林破壊につながる農産物などのEU市場への流入を防ぐEUDR(EU森林破壊防止規則)も、実施が延期されたうえ、手続きの簡素化が進められています。直近では、牛に由来する皮革製品などを対象から外す案も示されました。

さらに、国際的なサステナビリティ開示基準をつくるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、自然や生物多様性に関する企業の情報開示について、当初期待されていた独立した基準ではなく、「IFRS S1」を補完する実務ガイダンス(Practice Statement)として整備する方針を決めました。ISSBは2026年10月に公開草案を出す予定です。

これらのニュースに対して、二つの反応が出てきそうです。

一つは、「ほら、やっぱり無理だったんだ」という反応です。「あれだけ厳しいことを言っていた欧州でさえ、現実には対応しきれなかったではないか」という見方です。

もう一つは、「ああ、よかった」という安堵にも似た反応です。「これでしばらくは、難しい対応を急がなくてもよさそうだ」と。

けれども、私はそのどちらでもないと思います。

■制度は揺れても、課題は消えない

新しい制度は、最初から完璧にはできません。理想を高く掲げて始めてみると、実際の現場では対応しきれない部分が見えてくる。そこで制度を見直し、対象を絞り、手続きを整え、少しずつ実装可能な形にしていく。これはどの分野でも繰り返されてきたことです。

サステナビリティの制度も同じです。たとえば、企業の温室効果ガス排出量を測る世界共通の考え方であるGHGプロトコルが今のように当たり前のものになるまでには20年以上の時間がかかりました。

その後登場したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)による気候関連の情報開示の枠組みも、最終提言が公表されて、各国の制度や国際的な開示基準に繋がるまでには数年を要しました。

今回の欧州やISSBの動きも、同様でしょう。高い理想を掲げ、現実とのギャップを確認し、実装可能な形に組み直す。それは「後退」ではなく、制度を社会に定着させるために必要な「調整」です。

そしてここで大事なのは、制度が調整されたからといって、課題そのものが小さくなったわけではないということです。

■制度の動きとは関係なく、気候変動や生物多様性の喪失は進む

そして制度やルールは、政治の影響を強く受けます。選挙の結果、景気の変動、企業からの反発、国際競争力への懸念。そうした要因によって、サステナビリティ規制は強くなったり、弱くなったりします。

しかし、気候変動や生物多様性の喪失は、政治の都合に合わせて止まってはくれません。

欧州の規制が緩くなったからといって、北極海の氷が溶ける速度が遅くなるわけではありません。

アメリカが気候政策から後退しても、ハリケーンや山火事が止まるわけではありません。

日本の桜の開花が早まっているのも、誰かが規制したからではなく、気温が上がっているという物理的な変化の結果です。

ルールは揺れます。しかし、自然の変化は、私たちの都合に合わせてはくれません。ここが、今回のニュースを読むうえで最も大切な視点だと思います。

■「義務ではない」は、「重要ではない」ではない

今回の動きで、多くの企業担当者は安心するかもしれません。

ISSBが、自然関連開示を独立した基準にしないのであれば、急いで対応しなくてもよいのではないか。CSRDの対象が大きく絞られるのであれば、自社には直接関係ないのではないか。EUDRも簡素化されるのであれば、もう少し様子を見てもよいのではないか。

そう考える企業担当者は、少なくないはずです。けれども、そこに大きな落とし穴があります。「義務ではない」ということと、「重要ではない」ということは、まったく違うからです。

ISSBのエマニュエル・ファベール議長は、今回の決定について、「重要性のある自然関連開示を行うことは任意ではありません。IFRS S1はすでにそれを求めています。実務ガイダンスは、企業がそうした開示をどのように行うかを導くものです」と述べています。

つまり、自然関連の開示が不要になったわけではないのです。独立した基準として一気に義務化するのではなく、まずは既存の枠組みの中で、重要性のある自然関連リスクと機会をどう開示するかを実務的に整える、という位置づけになっただけです。

これが企業にとって、一時的な猶予であることは確かです。しかしそれは、「やらなくてよい」ということではありません。自社にとって本当に重要な自然との関係を、自分たちの頭で見極めるための猶予です。

ルールが厳しければ、企業はルールに従えばよい。しかしルールが緩くなったときには、その企業が本当に何を大切にしているのかが見えてしまいます。

■先を行く企業は、止まらない

実際、世界の先進的な企業たちは、歩みを止めていません。なぜなら、彼らが対応しているのは「規制があるから」だけではないからです。

投資家からの要請、取引先からの要求、優秀な人材の確保、地域社会からの信頼。そして何より、自社の事業を長期的に続けていくための備え。これらは、規制の有無とは別の次元で進んでいます。

自然関連についても、すでに多くの企業・金融機関がTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言に沿った開示に取り組み始めています。2025年11月時点の情報で、50以上の国・地域から733組織がTNFDに沿った開示を表明し、金融機関の運用資産は22兆米ドル(約3497兆円)超に及ぶと報じられています。

日本企業もTNFD開示にはとても熱心に取り組んでおり、すでに複数回レポートを公表している企業もあります。

だからこそ、ここで足を止めるべきではありません。義務化が少し遠のいたからといって、その場に留まれば、先頭集団との差は開いていきます。そしてその差は、5年後、10年後に追いつこうとしたときには、もはや簡単には埋められないものになっているかもしれません。

■「やれやれ」と思った、その瞬間に

サステナビリティに関わる方々の中には、今回のニュースを見て、ホッと一息ついた方もいらっしゃるでしょう。「これで少し時間が稼げる」、「あれだけ言われてきたのに、結局こうなるのか」、「自然関連の開示も、もう少し様子を見てもよいのではないか」など……。

その気持ちは、よく分かります。しかし、ここで手を緩めてしまうと、もっと大事なものを見失うことになります。

企業にとって本当に重要なのは、開示義務そのものではありません。自社の事業が、どの自然資本に支えられているのか。どの原材料が、どの地域の水、土壌、森林、生態系に依存しているのか。その自然が劣化したとき、自社の調達、品質、ブランド、金融、地域との関係にどのような影響が出るのか。

それを自分たちの頭で見極めることです。その答えは、開示資料の中にあるのではありません。調達先、工場の立地、商品設計、地域との関係の中にあるのです。

規制が厳しければ、企業は外から押されて動きます。しかし規制が緩んだときこそ、その企業の本気度が見えます。

自然への取り組みは、義務だから行うものではありません。事業の未来を守るために行うものです。

「やれやれ」と思ったその瞬間に、もう一度立ち止まって考えてみる。自分たちは何に生かされ、何を損ない、何を次の世代に残そうとしているのか。

ですから、昨今の規制動向に関する動きは、サステナビリティの後退や、ましてや終わりを告げるものではありません。むしろ、ただルールに従う受け身の姿勢から、自分たちで考える姿勢へ進むための合図なのだと思います。

一歩下がったように見える今こそ、二歩進む準備をするときです。

adachinaoki

足立 直樹(サステナブル経営アドバイザー)

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。国立環境研究所、マレーシア森林研究所(FRIM)で基礎研究に従事後、2002年に独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、一般社団法人 日本エシカル推進協議会(JEI)理事・副会長、サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー等を務める。

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