相模湾で失われた藻場を再生、ブルーカーボン収益を地域に還元へ

記事のポイント


  1. 神奈川県葉山町で、一度は姿を消した海藻の再生に取り組む
  2. 藻場の環境価値をブルーカーボンで収益化する取り組みも始まった
  3. 収益は小学校での環境学習などにも役立てられている

■小林光のエコ眼鏡(53)■

神奈川県葉山町では、一度は姿を消した海藻のアラメやカジメ、絶滅寸前まで減少したアマモ、ワカメやホンダワラの再生に取り組み、様々な価値の増進と地域への均霑に成功しつつある。従来型の食品としての販売だけでなく、藻場の環境価値をブルーカーボンで収益化し、地域に還元する取り組みも始まった。(東大先端科学技術研究センター研究顧問/オルタナ客員論説委員・小林光)

■急速に進んだ磯焼け、海藻が激減

この取り組みは、葉山のNPO「葉山アマモ協議会」(副代表・山木克則氏)が中心となり、湘南漁協葉山支部をはじめとする地域の多様なステークホルダーが参加して進めている。海藻・海草の再生と、その活用による地域価値の創出を目指した活動だ。

発端は、2020年ごろに深刻化した磯焼けである。藻場が失われ、葉山の海では海藻の姿がほとんど見られなくなった。

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葉山アマモ協議会の資料によると、まだ磯焼けによる藻場の荒廃が広く認識されていなかった2005年ごろの収穫量を100とした場合、15年後の2020年には天然ワカメの収穫量は約40まで減少した。ヒジキに至っては約10まで減少した(下図参照)。

出典:ブルーカーボン・ブック(葉山アマモ協議会)

こうした海藻類の減少に伴い、アワビは、この期間にほとんど取れなくなり、サザエもかつての半分以下の収穫となってしまったという。

この背景には、海の温暖化があり、海藻の種に応じてかつて生育・世代交代ができた場所が、そうした海藻の生育には不適になっていったことに加え、乏しくなった海藻に対する魚やウニの食圧の相対的な高まりがあって、海藻衰退の悪循環が進んだのであった。

■増えたウニをブランドウニとして出荷

そこで地元で起こった運動が、海草・海藻の再生であった。

ボランティアのダイバーによるウニの駆除を行う一方、水温の適地に海藻の幼生を定着させる活動も行われている。

例えば、ほとんど絶滅状態であったカジメについては、水深10mまでの比較的に水温が低く安定している海底の適地に、陸上養殖した苗(幼生)を定着させるなどして、22年頃には藻場の復活の成功例が出てくるようになった。

アマモも、陸上で苗を作れるので、小学校などでの取り組みで苗を作り、砂地の海底へ苗を固定したりして、アマモ場の再生が進められている。

(写真1)海藻の繁茂状態を観察

写真1は、藻場となる海底の岩礁の上に、チャーターの船を寄せて水中カメラを沈め、海藻の繁茂状態を観察しているところである。訪れたのは、ワカメが育ち切る3月下旬であったが、ワカメ他の様々な海藻が海流に揺れ、小さな魚が群れる様子がよく見えた。

このような海域環境の、温暖化への適応を踏まえた人為的な整備が漁獲向上につながることはまだないが、海域で増えたウニを活用したブランドウニを出荷する試みも始まっている。

■ブルーカーボンの販売も始まった

この活動の特色は、海産物販売という従来型のビジネスモデルの再生に留まらない、広範な価値開拓を試みていることにある。

観光客に対しては、藻場への訪問という新しい種類のエコツアーが提供され、獲れたてをさっと湯通ししたワカメやメカブの試食や即売、写真2のように天日干しして乾物にする作業の体験などができる。

(写真2)観光客に対しても藻場の価値を伝えている

近所の子どもたちには、アマモの苗づくりといった能動的な、そして実際に欠かせない役割を果たすという環境学習・活動の機会が生まれた。

そして最も新手の商売は、ブルーカーボンの計測とその販売である。

ブルーカーボンとは、海藻などの働きで難溶性の炭素が生まれ、それが海中や大気にCO2として戻れなくなるため、長い間に地盤に取り込まれるなどして大気中から隔離されることとなる炭素である。森林が吸収するのと同様の、大気からCO2を隔離する自然のプロセスである。

その量の推定については、まだ国際的に確立したルールはないが、日本政府も、日本の領海での海藻等による炭素隔離量を試算して、IPCCに報告したりしている。

もっともその量は、海藻の成長晩期に海藻中に固定された炭素量よりはるかに少ない。それでも、人々が海藻を元気にすることによって、海産物も豊富になるだけでなく、温暖化へも多少ともブレーキが掛かるとすれば、大変に良い話だ。

■ブルーカーボンの売り上げを地域に還元

葉山の藻場での、こうして海藻復活に伴って貯留される炭素の増分は、年間38~58トンと推計されている。

これは、藻場の面積(バイオマス)と海藻種に応じた吸収係数から求めるものであり、葉山アマモ協会のメンバー達が日ごろ行う、藻場の消長に関する詳細なモニタリング結果を反映させてきた賜物であって、信頼性は高いものと言えよう。

そして、このブルーカーボンを使い、自らからの排出量を減殺したいとして購入する企業もいる。お陰で葉山のブルーカーボンは余すところなく販売されている。それだけではなく、その単価は、他と比べて結構高いのである。

例えば、25年のブルーカーボンの販売量は38.8トンで、CO21トン当たりの単価は10万円である。

この10万円/CO2-tという値は、排出量と相殺すべく市場化されている削減クレジットの一般的な価格が5000円/CO2-t前後であることに比べはるかに高い。それはなぜなのだろうか。

現場を訪れたからこそ容易に想像がつく理由がある。それは、この価格はCO2削減費用のみに着目した価格ではなく、地域のステークホルダーがこぞって、それも楽しく参加して進めている豊かな海づくりの活動の価値への評価、もっと言えば応援なのではないかということである。

実際、削減クレジットを購入した会社の社員や家族は、葉山を訪れ、ブルーカーボンを生み出した藻場を自分の目で見学し、浅茹での緑がきれいなワカメなどをその場で食べて、たくさんの体験を共有できるのである。非化石証書より、うれしい買い物なのは明らかだろう。

では、ブルーカーボンの費用はどのようなことに支出されたのだろうか。

アマモ協議会の山木氏によると、ブルーカーボンの収益は単純に利益として処分されるのではなく、活動の継続と発展のために活用されている。

具体的には、ブルーカーボン購入企業を招いた視察ツアーの開催や、漁業者らによる藻場保全活動、新たな海藻養殖への挑戦といった事業への再投資に充てられている。また、活動を支えるステークホルダーへの支援にも活用されており、アマモの苗を育てる小学校での環境学習や、啓発用の書籍・パンフレットの制作などにも役立てられているという。

■良い活動が産み出す好循環に期待する

個人の意見だが、善意が、この活動の原動力なのは美点としても、将来的には、活動の持続性を高めるため、人件費といった支出は担えるように事業の規模が大きくなったらなあ、とは感じた。

それにしても、東京などに本拠地を置く企業に、葉山の海の再生に資金を投じてもよい、と思わせるだけの活動ストーリーの作り込みが現段階でできていることはすばらしい。

さらに、東京ベースの企業の社員が葉山の海で良い体験をすれば、今度はそれが、企業の眼を肥えさせて、現地の活動のスケールアップにつながる。さらに、ステップアップした取り組みの一層のマネタイズへとつながっていく好循環が生まれるに違いない。将来が本当に楽しみだ。

hikaru

小林 光(東大先端科学技術研究センター研究顧問)

1949年、東京生まれ。73年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、環境庁入庁。環境管理局長、地球環境局長、事務次官を歴任し、2011年退官。以降、慶應SFCや東大駒場、米国ノースセントラル・カレッジなどで教鞭を執る。社会人として、東大都市工学科修了、工学博士。上場企業の社外取締役やエコ賃貸施主として経営にも携わる

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