欧州での「ビジネスと人権」への取り組み――下田屋毅の欧州CSR最前線(19)

「国連ビジネスと人権に関する指導原則」が2011年3月に公表され、それから1年半、欧州の企業はこの「指導原則」に対してどのような取り組みを実施してきたのか。

欧州での「ビジネスと人権」に関する取り組みは、CSRヨーロッパの「エンタープライズ2020:サプライチェーンと人権プロジェクト」で5社(日立、HP、アルセロール・ミッタル社、フォルクスワーゲン、エッセンス)がリーダーとして模範事例を作るべく奮闘している。

今回は、ロンドンにて2012年10月に開催された「ビジネスと人権」イベントのケーススタディで取り上げられた「アルセロール・ミッタル社」を取り上げる。

アルセロール・ミッタル社(本社ルクセンブルク)は、世界60カ国に27万人を超える従業員を抱える世界最大の鉄鋼メーカーだ。年間粗鋼生産量で世界シェアの約10%を占める。2011年からCSRヨーロッパの「サプライチェーンと人権」のワーキンググループ共同リーダーとして、模範事例を提供するための努力を行っている。

アルセロール・ミッタル社の人権への取り組みは、次の5つのステップで実施する。1.戦略開発 2.人権方針 3.コミュニケーションとトレーニング 4.プロセスと手順 5.追跡――を行い、「人権プログラム」サイクルを廻していく。

■ 方針によるコミットメント、トレーニング

アルセロール・ミッタル社は2010年に、世界人権宣言、ILO条約、国連グローバル・コンパクトをベースに、NGO、投資家、有識者らとともに自社の「人権方針」を作成した。

これはCEOや取締役からの承認を受け発行されている。この「人権方針」は19か国語に翻訳され、全従業員に対して配布。また、どのように人権方針を導入するかが説明されている「人権指導マニュアル」も発行、誰でもがアクセスできるようになっている。

2011年には、「人権方針」に関する問題意識向上のため全社に向けて月刊ニュースを発行。2011年末までに、14万7千人を超える従業員に、人権に関する対面トレーニング、双方向のオンライントレーニングを実施し、「人権方針」がどのような意味を持つのか社内教育を徹底した。

■ 不服申立制度(グリーバンス・メカニズム)、人権評価

アルセロール・ミッタル社は、社内で発生している人権問題、また、潜在的な人権違反を発見するための「ガバナンス・フレームワーク」を設立、人権問題解決に早期に取り組むことができる仕組みを構築している。

アルセロール・ミッタル社は、従業員が、従業員代表や労働組合を通して、あるいは、直接アルセロール・ミッタル社の人権監査委員会に対して、人権に関する懸念を伝えることができる仕組みとして、「不服申立制度」や「内部告発制度」などを導入している。

例えば、チェコ共和国では、「CEOライン」という従業員が申告できる仕組みがある。2011年には、「CEOライン」を使用して81件がCEOオフィスに届いた。ボスニア・ヘルツェコビナにおいても、同様の「不服申立制度」があり、コミュニティと従業員双方が申告できる。2011年には、63件の申告があり、対処したという。「人権」「環境」「安全衛生」に関する「不服申立制度」を通して、2011年は、全社で598件の申告を受けている。

また、2012年から「国連ビジネスと人権に関する指導原則」に沿った「不服申立制度」を導入。リベリアやカザフスタン、そしてブラジルなどの国では「人権評価」の導入を始めた。この「人権評価」は、「人権がどのように経営実務に統合されているか」を確認するもので、更なる改善をしていくために使用される。

アルセロール・ミッタル社は、人権プログラムの導入途中であり、全てが完了したわけではない。また、一度このプログラムを完了しても、このプログラムをサイクルで廻して更なる改善を実施していく。

人権に関する意識が高いとされる欧州においても、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」をベースにした取り組みを徐々に進めている状態で、アルセロール・ミッタル社のような先行企業の模範事例を参考に、企業が自社への導入を検討している。

日本企業には、「人権は欧米の価値観」と傍観するのではなく、経営実務に取り入れる仕組みをつくるなど、実践を始めてほしい。(在ロンドンCSRコンサルタント・下田屋毅)

 

shimotaya_takeshi

下田屋 毅(CSRコンサルタント)

欧州と日本のCSR/サステナビリティの架け橋となるべく活動を行っている。サステイナビジョン代表取締役。一般社団法人ASSC(アスク)代表理事。一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会代表理事。英国イーストアングリア大学環境科学修士、ランカスター大学MBA。執筆記事一覧

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