「ESG課題の主流化」がもたらした弊害を考える

記事のポイント


  1. 気候変動は、人類最大のリスクと認識され、ESG課題は主流化した
  2. しかし、解決に向かって進んでいるのだろうか
  3. まずは経済成長至上主義の見直しが必要ではないか

2025年はロサンゼルスの深刻な山火事被害で幕を明けました。その原因の一つは気候変動であると言われています。気候変動問題は、人類最大のリスクと認識され、ESGは主流化しました。しかし、気候変動問題や社会課題は解決に向かって進んでいるのでしょうか。(立教大学特任教授・河口真理子)

■ サステナビリティ経営は当たり前の時代に

世界経済フォーラムが1月に公表した「グローバルリスク報告書(2025年版)」でも、長期的に見て、気候変動問題は、人類最大のリスクと認識されている。

今やビジネスではESGを考慮したサステナビリティ経営は当たり前となり、金融当局はESG情報開示の義務化を着々と進め、主要な機関投資家にとってESG投資はデフォルトになっている。

「脱炭素経済」「カーボンニュートラル」「サステナビリティ」「サステナブルファイナンス」は、日常のビジネス会話でも普通に聞かれる表現になり、環境問題を知らないという人でも、常識として気候変動問題が深刻であり、脱炭素対策が必要ということも広まりつつある。

この社会状況が示すのは、環境問題とりわけ気候変動問題の主流化(メインストリーム化)現象である。環境問題専門家にとり環境問題の主流化は、悲願であり活動目標であった。

環境問題が主流化されたら、社会全体で環境問題への取り組みが加速化し、一気に解決への道筋が見えてくるという楽観的なシナリオが信じられていた。しかし、思い描いていた状況とは違う。

■ GXはエネルギー源だけの転換に過ぎない

カーボンニュートラルの産業イメージ(経産省のウェブサイトから)
カーボンニュートラルの産業イメージ(経産省のウェブサイトから)

例えば、経済産産業省の提唱する「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」。経産省のウェブサイトにある「グリーントラスフォーメション(GX)」の絵では、原材料調達から輸送、製造、生産、販売から生活までの経済のバリューチェーンを示す。

エネルギーが化石燃料から様々な脱炭素型エネルギーにシフトしていることが示されている。

建物のZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)化と、現在の基本的な経済構造の中で船舶や自動車、発電所などの使用燃料が脱炭素型に変わっている。燃料転換や建物のZEB化が新たな技術や産業を生み出し、それが新たな成長のドライバーになるというストーリーだ。

これが、本来のGX、すなわち環境配慮型経済への転換なのだろうか。

単にエネルギーを転換することで、生産・物流・消費という社会のバリューチェーンにメスをいれずに、気候変動問題が解決できると信じているのだろうか。地球環境が経済成長のネタ扱いのように感じるのは私だけだろうか。これに違和感を持たない人も少なくないだろう。

■ 温室効果ガス排出量削減も結果が出ていない

そもそも、拡大している私たちの大量生産・大量消費・大量廃棄型経済が地球環境問題の元凶である。

大地や海洋を改変して資源を掘り出し、自然の中で分解されない化学物質やゴミとなる資材を大量に作り出す(CO2もその一つ)という物質的な経済成長の在り方を転換(トランスフォメーション)することが求められている。しかし、これは、エネルギー源だけの転換であり、それは新たな経済成長のためのネタでしかない。

今人類が直面する地球環境問題の脅威は気候変動だけでなく、生物多様性やプラスチック問題、有害化学物質問題などもあるのに、主流化され、人々の意識に根付くのは、気候変動問題で、エネルギーを転換さえすれば問題解決――、というメッセージになっている。

その結果、環境問題に縁遠かったビジネスや金融の世界では、環境問題とは気候変動問題のことと理解され、その解決策は帳簿上に集計されるCO2排出量削減である。

その削減方法は、基本的にエネルギーの転換で、太陽光や風力などの再生可能ネネルギーや水素やアンモニアの利用とされる。また、大気中にCO2を排出しなければ良いなら、CCS(二酸化炭素回収・貯留)のようにCO2を除去すれば良い。

そしてCO2削減を加速化するために排出権取引のような経済の仕組みが整備され、そのためにCO2排出量を計測しその数字を保障するような仕事が生まれている。

■ 経済成長至上主義を見直すことが第一歩

しかし、地球環境への絶対的負荷を減らすという基本的取り組みが、置き去りにされつつある。そして、異なる環境負荷を無理にでも脱炭素に還元しようとし過ぎている。

本当に、そんなことで地球環境への負荷を大幅に削減して、地球温暖化を食い止めることはできるのか。本気で転換させたいのであれば、経済成長至上主義を見直すことが第一歩だ。

そして、その基本には我々が生かされている地球環境への敬意と感謝があるべきではないか。環境ビジネスの主流化ではなく地球と調和したライフスタイルの主流化こそを目指したい。

kawaguchi mariko

河口 眞理子(立教大学特任教授)

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キーワード: #脱炭素

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