記事のポイント
- 手術室では、1件の手術を終えると大量の廃棄物が出る
- 豪州ではプラごみを回収・リサイクルしてコストを削減する病院もある
- 日本でも海外の持続可能な医療モデルを取り入れることはできるはずだ
手術室では1件の手術を終えると大量の廃棄物が出る。しかしオーストラリアのパースでサステナビリティに先進的に取り組む病院では、日本とは異なるアプローチで対応をしていた。人の健康と同時に地球環境の健全性も追求する「プラネタリーヘルス」に挑む「みどりのドクターズ」のメンバーで麻酔科医の岡原祥子氏に、海外での持続可能な医療モデルの事例と日本の医療界の課題について寄稿してもらった。(オルタナ編集部)
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■手術室からは大量のごみが出る
皆さんは、1件の手術が終わった後にどれだけのごみが出るか、想像したことはありますか。清潔なはずの手術室とごみは、なかなか結び付かないかもしれませんが、手術室ではたった1回の手術で、手袋やガウン、手術器具のパッケージ、点滴バッグなど、ゴミ袋がいくつもパンパンになるほどの大量の廃棄物が出ます。

私はキャリア19年目の麻酔科医です。気候変動に興味があり、普段の生活ではマイボトルを持ち歩き、ビニール袋を断り、食事はヴィーガンを取り入れるなど、温室効果ガスの排出をなるべく減らす生活を心がけています。
しかし、一歩仕事場である手術室に入れば、毎日大量の使い捨て(シングルユース)プラスチックを捨てまくる日々。職場で出るこの圧倒的なごみの山を前にすると、自分一人がどんなに小さな努力を積み重ねても無駄なんじゃないか、と虚無感にさいなまれます。
滅菌や消毒の概念は、感染を防ぐために現代医療では必要不可欠ですから、ゴミを減らしたいからといって、患者さんの安全をないがしろにすることはできません。だから、ごみは出るけれど、それは患者さんのために必要なコスト。でも、本当にそうなのでしょうか……。
■驚きに満ちたオーストラリアの先進的な取り組み
2023年、豪パースにあるフィオナ・スタンレー病院(FSH)で勤務するために渡豪しました。麻酔科医としてさらに研鑽を積むための臨床留学でしたが、現地の医療界における気候変動への危機感とサステナブルな取り組みの進歩に大変驚き、日本の状況を考える非常にいい機会となりました。驚いた事例をいくつかご紹介します。
1. 手術室でのシリンジやプラスチックはリサイクルへ
日本では、一度使ったシリンジ(注射筒)は、一律で「感染性廃棄物」として焼却処分されるのが一般的です。
しかしFSHでは、血液の付着していないシリンジは分別され、リサイクルに回されます。回収されたプラスチックは、民間業者を通じて最終的に「プラスチック製のジョウロ」に生まれ変わり、大手ホームセンターで一般に販売されます。
さらに、リサイクルが難しいとされるポリ塩化ビニル(PVC)製の点滴バッグや酸素マスクなども回収され、道路の基盤材や公園の遊具エリアの床材へとダウンサイクルされていました。
医療廃棄物としての処理費用と比べて、リサイクルに回す方がコストを半分以下に抑えられるとのデータも公表しており、環境だけでなく病院経営にとっても合理的です。

2. 環境負荷の高い麻酔ガスは「使用禁止」
全身麻酔には、大きく分けて、吸入麻酔(呼吸で麻酔ガスを投与)と静脈麻酔(点滴から麻酔薬を投与)の二通りがあります。
FSHでの勤務初日、「デスフルラン」という麻酔ガスが、環境負荷が高すぎるという理由で院内から撤去されていると知り、大きな衝撃を受けました。
実は、この「デスフルラン」というガスは、他の麻酔ガスに比べて十数倍も強力な温室効果を持っています。そのため、EUでは2026年1月1日から使用が原則禁止になりました。ちなみに日本での規制はなく、今も普通に使われていますが、FSHはその何年も前に、医師たちの投票によってこのガスの使用を完全にやめ、静脈麻酔薬、あるいは環境負荷のより低い他の麻酔ガスのみを使っていました。
恥ずかしながら、今まで「環境負荷」という視点で麻酔法を選んだことのなかった私は、医療の質を落とさず地球温暖化への影響を劇的に減らす、というこの選択に非常に感動しました。
3. 吸水シーツの削減
手術室で多用されていた使い捨ての吸水シーツについても、FSHの若い医師らが中心となって「本当に必要か」「洗って使えるタオルで代替できないか」と呼びかけるキャンペーンを行いました。
その結果、関連病院を含めて年間8万枚以上(21%)の使い捨てシーツの削減に成功し、廃棄処理費と購入費を合わせて約200万円相当のコストカットも実現したそうです。
■日本の医療現場を変えるために、私たちができることとは
一方、日本の医療界はどうでしょうか。
シリンジを例にとってみると、残念ながら、日本ではシリンジをリサイクルしている病院は現状まずありません。
国の「感染性廃棄物処理マニュアル」の厳格な規定により、シリンジの形状をしているものは、目視で綺麗であっても一律に感染性廃棄物と見なされ、基本的には焼却か溶融するルールになっているからです。
しかし、「法律や制度の壁があるから日本では何もできない」と諦める必要はありません。オーストラリアのような持続可能な医療モデルを日本に取り入れるため、医療関係者だけでなく、社会のさまざまな立場からアプローチが可能です。
■医療機器・資材メーカーは「過剰包装の見直し」を
医療現場では、製品の過剰包装や、開封しても使わずに捨てる不要な付属品が多々あります。
私も日本のメーカーに「キットの中身や包装を減らせないか」と問い合わせたことがありますが、コスト面などを理由に断られてしまいました。メーカー側には、現場が本当に必要としている形状を見極め、石油由来プラスチックの使用そのものを減らす製品開発やカスタム対応を期待したいところです。
■廃棄物処理業者や行政には「仕組みのアップデート」を期待
医療廃棄物の一律焼却ルールを見直し、FSHのように大手の廃棄物処理業者と連携して、血液付着のない安全なエリアのプラスチックを滅菌・破棄、そして再生ペレット化するルートを日本でも開拓することが求められます。
プラスチックのリサイクルは気候変動の根本的な解決法ではありませんが、医療機関が脱プラスチックに踏み切るのは現状不可能です。であれば、「燃やす」より、リサイクルする方が安い、という仕組みづくりを行政や業者が作るべきではないでしょうか。
経済的な合理性があれば、日本の病院も一気に動き出すはずです。
■私たち「患者(市民)」ができることは、医療の「選択」と対話
世界の二酸化炭素排出量のうち、医療界が占める割合は4〜5%(日本は6.4%)と決して小さくありません。
医療行為によって排出される温室効果ガスを減らすには、患者さんを減らすこと、つまり病気の予防が一番です。適度な運動やヘルシーな食事は慢性疾患への万能薬。車ではなく自転車を使う、食肉を減らし植物性の食材を多く食べる、などの行動は、結局人間だけではなく環境にも良いことです。
医療を受ける際にも、効果が同等なら各治療法の環境負荷を考えて選ぶ、ということがこれからはもっと普通になるかもしれません。そして何より、患者さんが医療の持続可能性について関心の声を上げていくことが、間接的に医療現場の意識改革を後押しします。
■医療業界こそ、環境対策を
医療は人の命を救うためのものです。でも、そのための活動が地球環境を破壊し、巡り巡って人々の健康を脅かすような気候変動や大規模な食糧危機を招くとしたら、これほど致命的なパラドックスはありません。
医療界はこれまで「聖域」のベールに守られ、環境対策という義務の枠外に置かれがちでした。しかし本当なら、目の前の患者さんと地球の双方に気を配らなければならない最たる分野のはずです。
まずは「病院からどれだけの温室効果ガスが出ているか」という現状を知ること。そして、これまでの使い捨てを「当たり前」とせず、減らせるものは減らし、変えられるものは変えていくこと。
日本の医療界が気候変動対策への第一歩を踏み出すために、現場の医師、企業、そして患者である皆さんと共に、この課題に取り組んでいきたいと思っています。
連載記事:「プラネタリーヘルス」への挑戦(1)
連載記事:「プラネタリーヘルス」への挑戦(2)
連載記事:「プラネタリーヘルス」への挑戦(3)

岡原 祥子
麻酔科医。一般社団法人みどりのドクターズメンバー。東京の大学病院で15年勤務した後、専門である産科麻酔をさらに学ぶため、オーストラリア・パースにあるFiona Stanley Hospitalに臨床留学をする。私生活では気候変動への影響をどう減らすか模索しているのに、病院では大量のゴミを出す側であるという矛盾に、一時期は、医師を辞めて気候変動の解決につながる仕事に自分の時間をフルに使った方が良いのでは、と考えたこともあった。が、留学先の病院で環境への様々な取り組みを目の当たりにし、医療と気候変動対策は両立できるのでは、と希望を抱く。趣味はクラシックバレエ・洋裁・古着。



