2030年までに販売するすべての自動車をEV化することを表明しているボルボは、サステナビリティ戦略の一環として、「動物福祉」にも力を入れる。同社は日本で販売している自動車の約8割に本革シートを採用し、またほぼ全ての車のステアリングホイールやシフトノブにも本革を使っているが、今秋発売を開始した新型電気自動車C40を皮切りに、今後販売する全てのEVは本革の使用を止め、サステナブルな代替素材に切り替え、全ての新車の電動化が達成される2030年には動物由来の素材を全廃する。動物福祉の専門家は、「一部の部品だけではなく、メーカーとしてすべて切り替えることを意思表示したことは画期的だ」と評価した。(オルタナS編集長=池田 真隆)
「先進的な自動車メーカーであることは、脱炭素化だけでなく、動物福祉などサステナビリティのあらゆる分野に取り組む必要があることを意味している」――。こう話すのは、ボルボ・カーズのグローバル・サステナビリティ・ディレクターのスチュアート・テンプラー氏だ。
同社では、2030年までにEVに完全移行することを掲げており、自社工場を順次再生可能エネルギー100%のオペレーションに切り替えながら、2025年までにすべてのサプライヤーに100%再生可能エネルギーに切り替えることを求めている。
■投資家も「動物福祉」をリスク要因に
「動物福祉」は、「人が動物を利用する上で、動物の幸せ・人道的扱いを『科学的』に実現するもので、動物本来の生態・欲求・行動を尊重する」という考え方だ。次の「5つの自由」は1965年に英国で提唱され、世界で採用されている。
動物の適正な扱いの基本原則「5つの自由」
①飢餓と渇きからの自由
②苦痛、傷害又は疾病からの自由
③恐怖及び苦悩からの自由
④不快さからの自由
⑤正常な行動ができる自由
動物福祉への対応として、代表的なものが、ファストフード店や加工食品企業などが自社で取り扱うすべての卵を平飼いか放牧のものに切り替える「ケージフリー宣言」だ。だが、動物福祉は、それらの企業だけでなく、化粧品などの動物実験、ウールのミュールシングなど、動物に関係する産業すべてにかかわる。
特に工業型の畜産業については、動物福祉に取り組んでいるかが、ESG指標の一つになっている。投資家のイニシアティブFAIRR(FARM ANIMAL INVESTMENT RISK & RETURN)は、畜産業のリスク要因として動物福祉を挙げる。
動物福祉は倫理的な側面から語られることが多いが、実は気候変動への対応策としてサステナビリティ業界では注目されているのだ。畜産は世界の温室効果ガス排出量の約14%を占めており、その割合は自動車や船舶、航空を含む全ての輸送活動に匹敵する。
こうしたデータからFAIRRに参画する金融機関は増え、運用資産残高は2018年には425兆円(3.8兆ドル)だったが、2021年6月時点で4227兆円(38兆ドル)と急激に伸びている。FAIRRは、欧州や米国などで動物福祉に関する法制化が進み、消費者意識が高まるなか、「取り組まない企業は市場から取り残される」と言い切る。
■次世代モデルにサステナブルな新素材
ボルボではサステナビリティ戦略の大目標として2040年までの「カーボン実質ゼロ」を掲げる。動物福祉に取り組むのは、この目標を達成するための施策の一環だ。これまで内装に使っていた本革を、バイオベース(再生可能なバイオマス由来)やりサイクル材からなる高品質な素材に切り替える。
その新素材として開発したのが「Nordico(ノルディコ)」だ。これは、リサイクルされたペットボトルや適切な管理下にある森林から採取した生物由来の素材やワインの使用済みコルクなどからなる素材だ。2022年にはからノルディコを使ったEVが発表されるとみられる。
ボルボの特徴的なのは、レザーフリーだけでなく、あらゆる部品の製造において動物由来の素材を使うことをやめると表明していることだ。
動物福祉に詳しい認定NPO法人アニマルライツセンターの岡田千尋代表理事は、「皮革は、畜産が持つ様々な倫理的な課題や環境リスクとともに、水資源の過剰利用や一部地域では汚染物質を排出するなど、様々な課題とともにあります。一方で、リサイクルやプラントベースの人工皮革など、素晴らしいイノベーションが進む分野でもあります。これまでも、動物性の皮革を使わない車は数々ありましたが、メーカーとして全てを切り替えると意思表示したことは、動物福祉の観点からも、新たなイノベーションを促すためにも、画期的なことです。日本メーカーもこの宣言に続いてくれることを期待します」と評価した。
■「高級」と「サステナビリティ」はより密接に
今後、ボルボでは動物由来の素材からサステナブルな素材への切り替えを進める。スチュアート・テンプラー氏は、「動物福祉に対応した製品や素材を見つけることは難しいが、だからといって、この重要な問題を避ける理由にはならない」と強調する。
だが、「言うは易く行うは難し」だ。そこで鍵になるのが、様々な組織と連携して社会課題の解決に取り組むことだ。これは、「コレクティブ・インパクト」と呼ばれる解決手法だ。例えば、日本では花王とライオンが協働してリサイクルシステムを構築した。本業ではライバル関係にあるが、サステナビリティの領域では協働することが解決への近道になる。
SDGsに詳しい慶應大学大学院の蟹江憲史教授は、ボルボが動物由来の素材を全廃する動きに関して、「業界全体でその潮流を引き起こしてほしい」と話す。
今後は、高級という概念がサステナビリティと密接になり、表面的なデザインだけでなく、どのような素材を使っているのかを含めて消費者は見るようになる。
この消費者の変化に対応するために、企業にはパートナーシップが重要だと蟹江教授は指摘する。「ヨーロッパを中心に、動物福祉に対する消費者の意識が年々高まっており、企業はそうした消費者のニーズに対応していくことが重要だ。ファッション業界では高級ブランドを展開する多くの企業がすでに素材の見直しを行っているが、そのトレンドが他の業界でも広まることを期待したい。自動車業界では、ボルボがいち早くレザーフリー化の宣言を行い、明確な目標に向かって進んでいる。ただ、新しい高級という概念を実現するには、ボルボ1社だけではできないだろう。他のメーカーもレザーフリーに取り組みだすことによって、徐々に高級の概念が変わっていく」と話した。(PR)