素人でも取り組みやすい「床張り」の技術を伝授する「全国床張り協会」が全国各地で床張りイベントを開催している。同協会を立ち上げたのは、自給的な仕事を複数持つという「ナリワイ的生活」を提唱、実践する伊藤洋志さんだ。自分で床張りができれば、住居費の負担から解放されるとともに、社会で問題となっている空き家問題の解決にもつながる。このほど京都で開かれたイベントに参加し、暮らしについて振りかえってみた。(実生社・越道京子)

都会での暮らしは何事もお金、疲れても休む場も有料だ。そのうちに空気を吸うのにも課金されるんじゃないかと思わされるほどの高度消費社会に私たちは生きている。

消費者としてほとんどの必要物資を金銭で得る都会での暮らしは、お金が稼げなくなったり、災害時に流通がストップしたりすることが死に直結するという不安から自由になれない。

そんな暮らしかたに異議をとなえ、伊藤さんは、農家の手伝いと農産物販売、作業着ブランドの運営、ツアーの企画、など多岐に及ぶ活動を展開し、それらを「ナリワイ」(生業)と呼んでいる。

伊藤さんはナリワイを「個人レベルで始められて、自分の時間と健康をマネーと交換するのでなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身に付く仕事」と定義する。

なかでも伊藤さんが名誉会長を務める「全国床張り協会」の活動に私はかねてから関心を寄せており、今回は京都市で開催されるというので見学に行かせてもらった。

伊藤洋志さん(左)。丸ノコなど必要な道具は、板張り協会から貸し出された
伊藤洋志さん(左)。丸ノコなど必要な道具は、板張り協会から貸し出された

知人宅の浸水被害がきっかけに

「全国床張り協会」とはいったい何なのか。伊藤さんが2013年に同会を立ち上げたきっかけは、知人の家屋が浸水被害に遭う、共同で床を改修するワークショップを開催した経験からであった。

「傷んだ床の改修には、高額の費用がかかってしまいます。プロに工事を頼むと、床の張り替えに100万円かかると言われることもあります。しかし自分でやれば、一畳あたり5000円から1万円程度という材料費でできます。こと床の張り替えに関しては、思ったより作業は単純と分かりました」と話す。

床を張ることができれば、生活費のなかで大きな部分を占める住居費の負担から解放されると考えた伊藤さんは、仲間を募って床を補修する技術を共有するイベントを開催することにした。

自力で補修ができる個人が増えることは、社会で問題となっている空き家問題の解決にもつながる。近くにある製材所の木材を買うことが、地域産業の活性化になる。輸送コストやエネルギーの節約になる。会の立ち上げ以降、のべ200人以上が参加して床の張り方を学んだという。

「デスクワークばかりで、サバイバル力が失われていると感じて参加しました」と語ったのは、大阪市で働く会社員男性。震災が多発するいま、会社と自宅の往復だけではいざというときに頼れるものがないという不安は、誰しもが抱えていることだろう。

今回、作業した場所。参加者らが力をあわせ、根太(ねだ)と呼ばれる床材を支える部分を釘で打ち付けていく
今回、作業した場所。参加者らが力をあわせ、根太(ねだ)と呼ばれる床材を支える部分を釘で打ち付けていく

今回、床を張る会場は、1949年に建てられ、30年間空き家となっていた京都市北区中川地区の古民家だ。同地区は和風建築の材料として名高い北山杉の産地で、独自の技術を使って磨かれた木肌の美しい丸太は桂離宮や大徳寺などにも使われている。

古民家を購入した男性が伊藤さんとともに、「床張り合宿」と呼ばれる実践型のワークショップを企画し、12人が参加した。すでに床板が取り外され地面が見えている状態の2部屋を、2日間で完成させるという。

今回使う杉の床材。初めて出会った者同士で、息の合った作業
今回使う杉の床材。初めて出会った者同士で、息の合った作業

床張りに必要な道具や釘は、床張り協会が準備する。自分の道具がある参加者は、それを持参して使う。参加者のほとんどは、DIYの経験をあまりもたない。「細かいクギを打つときはゲンノウ(金槌)を短くもって」などと伊藤さんのレクチャーを受けてから、実際に工具を握る。

まず、根太(ねだ)と呼ばれる、床材を支える部分を渡していく。45ミリ四方の角材を必要な長さに切り、等間隔に並べて釘で打ち付けていく。トントントンと釘を打つ音が、小気味よいリズムで響きわたった。

床材は、釘のみで打ち付けられている
床材は、釘のみで打ち付けられている

その作業が終わると、いよいよ床材の出番である。今回用いたのは、厚さ3センチの杉材で、床材としてはかなり厚い部類に入るという。長さをはかる人、その長さに切る人、釘を打つ人、と分かれて作業。

はじめは釘を打つことにためらいを感じていた参加者であるが、作業に慣れてくるとその日に初めて会った人同士とは思えない見事なチームワークを築いていった。

ひたすらに汗を流し、作業の一段落がついたのは夕刻。友人同士で参加していた20代男性3人のグループは、「やった!」と完成した床の部分に寝そべり、喜びを満喫していた。

ワークショップ2日目の夕方、完成!(今回作業をした古民家、北山舎の本間智希さん提供写真)
ワークショップ2日目の夕方に完成(今回作業をした古民家、北山舎の本間智希さん提供写真)

床張りは自由に生きる手段獲得への第一歩

都会に暮らす若い人々が山奥の古民家に集まり、床張り作業をして、お金を払って帰っていく様子を見て、「地元の方からは不思議に思われることもあります」と伊藤さん。

「自分の家を修理できるようになりたい、という人のための実践的な学びの場はありません。あるのは、プロの大工さんになるための専門学校だけです。素人が失敗しても許される現場で、修理の技術指導を提供していると考えています」

モンゴルの遊牧民の暮らしを体験するツアーも企画しているという伊藤さんは、「モンゴルの人は、基本的に自分で直せない物は持たないんですよ」と話す。

直せない物は、いざ壊れたときに、だれかに修理を依頼せねばならず、修理費がかかってしまう。自分で直せないものを所有することは、壊れたときに現金収入を得る必要が生じてしまうので、自給的な放牧の暮らしへの制約となる。自動車などは自分で直して使っているという。

その意味で、いざというときに床を直せるということは、自由に生きる手段獲得への第一歩なのである。自分の生き方の手綱を、人任せにしないこと。伊藤さんの活動は、そのことを教えてくれる。

個人の生き方の視点からだけでなく、災害に強い社会づくりにも伊藤さんは目を向けている。

「一つのことしかできないプロフェッショナルを育てるよりも、いろんなDIYに長けたセミプロを増やした方が、社会のレジリエンスが高まると考えています。災害時にはプロの大工だけでは復興しきれないので、床張りだけでもできる人がいたほうがいい」

床を貼ることは家を知ることであり、家を知ることは生き方を見つめ直し、社会を問い直すことにつながる。筆者はそんなことを思いながら、暗くなった山道を下った。