怒りの鉄槌

挿絵・井上文香


 ホームのベンチに腰掛けるとウグイスが後ろの枝に止まった。つぶらな瞳で見つめてくる。
 俺だよ。何をくよくよ考えているんだ。お前は昔から気が小さくてどうでもいいことで悩んでいたなあ。
「父ちゃん、家屋敷を売ることになって申し訳ない」
 確かにあの家は俺の自慢だ。何回も山を見に行って気に入った一本一本を牛にひかせて運んできたものだ。
「晩酌しながら、よく話してくれたよね」
 でもな、どんなものでもいずれは朽ちて土に帰るんだ。立派な家だとわかってくれただけでいい。
「じゃあ、僕が頭をやられたのは父ちゃんの仕業じゃなかったの?」
 実は、最初はそのつもりだったんだ。でも、お前が勝手に転んじゃっただろう。ケガをしたみたいだから心配で横から見守っていたんだ。
「やっぱり、あれ父ちゃんだったのか」
 そうさ、たいしたことはないようだったから黙っていた。すぐ119番はしたけどな。
「ありがとう」
 じゃあな。
 ウグイスはオリーブ色の尾をピッと立て、あっという間に飛び去った。
 いろいろ考えた挙句、ようやく見つけたのが古材市場だった。
「大切に使ってくれる客に売ってほしいね。そうでないとオヤジに怒られちゃうから」私はそう注文をつけた。
 これはいい儲けになるぞとニッカポッカはほくそ笑んでいるに違いないが、残念なことに心の声はもう聞き取れない。
       (完)

hiro-alt

希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

執筆記事一覧
キーワード:

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..