「TNFDの情報開示にFSC認証は有効」WWFジャパンが実証

記事のポイント


  1. TNFD正式版の公開を前に、WWFジャパンがパイロットプロジェクトを行った
  2.  南三陸町のFSC認証林で「LEAP」を用いた情報開示について検証した
  3. 企業がTNFDで開示する情報の収集に、FSC認証が有効なことを証明した

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)正式版の公開が、9月18日に迫った。企業はそこで開示する情報を、どう収集すれば良いのか。WWFジャパンは一つのケーススタディとして、宮城県・南三陸町のFSC認証林でパイロットプロジェクトを実施。TNFDが定める「LEAP」ガイダンスを用いて検証を行い、FSC認証が情報収集に活用できることを明らかにした。(オルタナ副編集長・長濱慎)

南三陸町のFSC認証林(写真:南三陸森林管理協議会)

■TNFDを特徴づける「LEAP」ガイダンスとは

TNFDは、企業のビジネスが生物多様性などの自然環境に与える影響やリスク・機会に関する情報を、投資家に開示するためのフレームワークだ。金融の流れを自然環境にとってプラスの方向にシフトさせることを目的とし、先行導入されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の自然版といえる。

しかし、CO2排出量など指標がはっきりしているTCFDと異なり、TNFDでは森林、海洋、淡水、野生生物などさまざまな指標が複雑に関わる。特に「場所」に紐づいている点が重要で、例えば原材料の調達に関する情報については生産地までさかのぼり、その場所の状況を把握しなければならない。

この作業を少しでも容易にするため、TNFDは「LEAP」というガイダンスを用意した。LEAPは大きく4つのフェーズからなる。

・L(Locate・発見):自社ビジネスと自然の接点はどこにあるのか。その場所を上流・下流を含むバリューチェーン全体から発見する。

・E(Evaluate・診断):特定した場所で自社ビジネスが自然にどう依存し、どんなインパクトを及ぼすのかを診断する。

・A(Asses・評価):自社ビジネスが自然に与えるリスクと、そこから得られる機会を評価する。

・P(Prepare・準備):L、E、Aの分析結果を踏まえ、情報開示に向けて準備する。

TNFDの情報収集のイメージ。バリューチェーンの上流・下流の双方でLEAPを活用する(画像は全てWWFジャパン提供)

■TNFDとFSCに高い親和性が認められる

LEAPで実際に情報収集を行った場合、どのような流れになるのか。WWFジャパンは一つのケーススタディとして、宮城県・南三陸町のFSC認証林でパイロットプロジェクトを行った。

FSC認証は、森林の生物多様性を守り、地域社会や先住民族、労働者の権利を守りながら適切に生産された製品を消費者に届けるための認証制度として1993年に始まった。南三陸町は2015年にFSCを取得し、同認証が定める10の原則と70の基準に則って森林保護などの取り組みを進めている。

FSC認証の10原則。ここに70の基準が紐づいている

パイロットプロジェクトは「バリューチェーン下流の企業が原材料の木材調達に関する情報を、上流の生産事業者に問い合わせて収集するケース」を想定。「FSC認証の要求事項に沿って管理される森林は、LEAPが求める情報に対してどの程度応えることができるのか」を検証した。

具体的にはWWFジャパンがLEAPに沿って質問を行い、南三陸森林管理協議会がそこに整合するFSCの原則・基準を選んで回答するかたちで進めた。

Lについての質問は「協議会が管理する認証林にはどのような自然があり、中でも重要な場所はどこか」、Eについては「認証林内で協議会はどのような活動をしており、その活動を続けるにはどのような自然の恵みが大切か」など、わかりやすさと回答のしやすさを考慮した。

結果は下表のようになった。LEAPの4フェーズには、それぞれ4つずつ確認項目がある。表は、4フェーズ・計16の確認項目とFSC認証の整合性を色で示したものだ。結果はLとEで整合性が高く、Aはリスクに関しては高いものの機会に関しては限定的となった。Pは情報収集のフェーズではないため、整合性は評価しなかった。

LとE、Aの「リスク」でFSC認証との整合性が認められた

WWFジャパン森林グループの天野陽介氏は、「FSCは LEAPが求める情報をほぼ持ち合わせていることを明らかにできた。認証林でなければ、ここまでの情報を引き出すことは難しかったかもしれない」と評価し、こう続ける。

「ただしそれらの情報をそのまま使えるわけでなく、TNFDに沿った紐付けや重みづけが必要になる。例えばFSCはリスクに重きを置いているため機会はそれほど意識していないが、TNFDの文脈ではリスク対策の取り組みをビジネスの機会につなげられるケースも少なくない」

■「森林の環境価値」の捉え方がポイントに

下の表は上の表 から「L」の4項目について抜粋し、FSC認証の各原則・基準との整合性を詳細に示したものだ。「原則6:豊かな森林の自然環境を守る」との整合性が目立つ。EとAについても同様に、原則6と紐づく項目が多い結果になった。

「L」の4つの確認項目と、FSC認証の原則の整合性。「原則6」に紐づく項目が多い結果に

FSCの国内基準策定に関わったメンバーでもある、WWFジャパンの橋本務太 (むたい)・金融グループ長は結果についてこう分析する。

「原則6は、多面的機能の維持や保全・復元をうたっている。多面的機能とは森林の環境的な価値を意味しており、生物多様性、水資源、土壌、大気、景観などさまざまな要素を含む。ここはまさに経済・環境・社会の全てを重視するFSCとTNFDが重なる部分であり、予想通りの結果になった」

橋本グループ長は、企業が「現場の目」を持つことが重要だと指摘する。

「TNFDの文書を読めば概念は理解できるが、現地に足を運べばその内容が腹落ちするはず。今回は国内のFSC認証林で情報収集に良好な条件が揃っていたが、調達先が海外であっても同様に取り組んでほしい。これは新しいことを求めているのではなく、従来のバリューチェーン管理の延長線上にある」

EとAの結果も含むパイロットプロジェクトの詳細は下記を参照。

「企業向け森林セミナー第2回 日本のFSC®認証林で実施したLEAPアプローチの検証結果」

■生産現場を知り「顔が見える関係」の構築を

相馬真紀子・森林グループ長は、こう続ける。

「マクロでバーチャルな情報から戦略を考えることはもちろん重要だが、一次生産者と顔が見える関係を築くことも同じぐらいに重要。自社はどこで原料を調達し、それが自然破壊や人権侵害を引き起こしていないかを確かめるには生産現場まで遡るしかない」

相馬グループ長は「現場を知ることで、リスクを機会に変えるヒントが見つかる可能性も広がる」とも指摘する。

左から、WWFジャパンの天野、橋本、相馬氏

今回のパイロットプロジェクトは、23年8月時点で最新だったTNFDベータ版(草稿版)のバージョン0.4を用いた。9月18日公開の正式版では変更される部分が出る可能性に留意する必要がある。

WWFジャパンはRSPO (持続可能なパーム油のための円卓会議)、ASC(水産養殖管理協議会)、 MSC(海洋管理協議会)など他の認証でもLEAPとの整合性を期待しているという。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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キーワード: #生物多様性

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