「複雑系経済」に処する三つの方法――田坂広志 オルタナティブ文明論 第9回

田坂広志(多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表、社会起業家フォーラム代表)

 

前回、資本主義の土台にある経済に、「操作主義経済」から「複雑系経済」へのパラダイム転換が生じていることを述べた。

そして、この複雑系経済とは、自己組織化や創発、生態系の形成など、「生命的システム」としての特徴を強めた経済であり、そのため、ときに、サブプライム問題に象徴されるような劇的な「バタフライ効果」が生じることを述べた。

では、この難しい性質を持った複雑系経済に処するためには、どうすればよいのか。この問いへの容易な答えは無いが、実は、複雑系科学が三つの示唆を与えている。

第一の示唆 ─ 複雑系は、意図的に設計、構築、管理ができない。第二の示唆 ─ 複雑系は、突如、崩壊する可能性がある。第三の示唆 ─ 複雑系は、個々の要素の挙動から創発が起こるde

では、これは、どのような意味か。第一に、複雑系経済とは生命的システムであるため、政府規制によって、上から「管理」しようとすると、その生命力を損ねてしまうということである。

すなわち、複雑系経済においては、市場における自由競争を維持することが、その生命力を高めるために不可欠であることを意味している。

しかし、第二に、複雑系経済とは、条件によっては、突如、劇的に崩壊してしまう可能性のあるシステムである。そのため、自由競争による「放任」は、必ずしも、近代経済学が信奉するように「神の見えざる手」による均衡と秩序に向かうわけではない。

それは、ときに、破滅的な結果を迎える可能性がある。従って、複雑系経済に処するためには、単なる「管理」でも「放任」でもない、第三の方法が求められる。

では、それは、いかなる方法か。そのことを教えてくれるのが、第三の示唆、「複雑系は、個々の要素の挙動から創発が起こる」という言葉である。

これは、複雑系全体の挙動を決めるのは、全体を支配するルールではなく、個々の要素(エージェント)の行動ルールであるということを意味している。

つまり、複雑系においては、それを構成する個々の要素が、少し行動ルールを変えるだけで、まったく違った創発が起こり、自己組織化が起こる。

そして、場合によっては、崩壊も起こる。同様に、複雑系経済においては、市場における個々の企業や個人の行動ルールを変えることによって、経済や市場の創発や自己組織化の結果が、大きく変わるのである。

それが、「管理」でもない、「放任」でもない、第三の方法。「自律」という方法に他ならない。

では、「自律」とは、具体的には、何か。それは、企業自らが率先して、法令を遵守し、企業倫理を大切にして活動すること。社会的責任を自覚し、倫理基準や行動規範を守って活動すること。 

それが、複雑系経済に処する最も賢明な方法、「自律」という方法である。そして、まさにその意味において、いま世界的潮流になっている「CSR」(Corporate Social Responsibility)は、資本主義の未来にとって、極めて重要な課題なのである。 

しかし、実は、ここに大きな落とし穴がある。なぜなら、今回のサブプライム問題を引き起こした「グローバル資本主義」が、まさにその利益追求の論理によって、このCSRの思想を歪曲しているからである。 

次回、そのことを語ろう。

*本記事は、2009年8月発行のオルタナ15号から転載しています。

Profileたさか・ひろし 74年、東京大学卒業。81年、同大学院修了。工学博士。87年、米国バテル記念研究所客員研究員。90年、日本総合研究所の設立に参画。取締役を務める。00年、多摩大学大学院教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。tasaka@sophiabank.co.jp   www.sophiabank.co.jp
「経済のパラダイム転換」「複雑系経済」について詳しく知りたい方は、著者の新著、『目に見えない資本主義─Invisible Capitalism』(東洋経済新報社)を。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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