河合塾が「気候変動懐疑論」を普及、抗議の声相次ぐ

記事のポイント


  1. 気候変動の主原因が人間由来の温室効果ガスにあることは、世界的な合意に
  2. これと異なる説の講演会を開いた河合塾に、異議を唱える署名が集まった
  3. 「懐疑論」を紹介することは、誤った認識を広げかねないと危惧する声も

昨今の気候変動の主原因が人間の活動で生じた温室効果ガスにあることは、今や世界的な合意となった。一方で、気候変動の存在や人間活動の関与を否定する「懐疑論」も根強い。6月末には大手予備校の河合塾が講演会「『温暖化』の嘘と実」を開き、これに異議を唱える署名は3週間で5000筆を超えた。環境NGOや研究者も、科学を巡る多様な意見として懐疑論を紹介するのは誤った認識を社会に広げかねないと危惧する。(オルタナ副編集長・長濱慎)

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気候変動による被害を受ける若者世代が、署名を立ち上げた(Change.orgより)

懐疑論の紹介はレピュテーションリスクに

地球温暖化など気候変動の主原因が人間の活動にあることは「疑う余地がない」。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「AR6・WG1(第6次評価報告書・第1作業部会報告書)」(2021年8月)は、こう明記した。「人間の活動」とは、主に化石燃料(石炭、石油、天然ガス)による温室効果ガスの排出を指す。

IPCCは、気候変動に関する科学的・技術的・社会経済的な知見を評価する政府間組織として1988年に設立。AR6・WG1は、64ヵ国から集まった200人以上の気候や環境の専門家が執筆した。パリ協定の1.5度目標や2050年ネット・ゼロといった国際的な合意は、IPCCの知見をベースにしている。

一方で、気候変動の存在や人間の関与を否定する「懐疑論」も根強い。河合塾は6月30日、IPCCに否定的な田中博・筑波大学名誉教授を大阪校に招き、講演会を開いた。タイトルは「『温暖化』の嘘と実『気候危機は存在しない』宣言の衝撃!」だ。

これに異議を唱えるウェブ署名「河合塾は、地球温暖化の懐疑論を広めないでください」は、7月19日までの約3週間で5000筆以上を集めた。署名を立ち上げた若者グループ「フライデーズ・フォー・フューチャー・東京」の須賀遥翔(はるか)さんは、こう話す。

「河合塾は法人の方針として、地球温暖化を取り組む課題の一つにあげている。にもかかわらず、なぜ気候変動に否定的な講演を行うのか。河合塾に限らず、こうした講演を行えば抗議の声をあげられたり、企業イメージが低下したりする恐れがある。そのことを社会に広く認知してもらうきっかけにしたい」

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田中博名誉教授を招いた、大阪校講演会のチラシ。河合塾は2021年にも「地球温暖化、原因はCO2?」と題した講演会を開いた

河合塾「講演会は多様な考え方に触れる機会」

講演を行なった田中氏の専門は大気科学で、2023年に筑波大学計算科学研究センターを定年退職し名誉教授になった。気候変動の存在は否定しないが、その主原因が人間の活動にあるとするIPCC報告書は「仮説」に過ぎないと唱える。

気候変動の原因は、むしろ都市のヒートアイランド現象や太陽放射強度の変動によるというのが田中氏の説だ。太陽放射強度とは、地球に届く太陽エネルギーの強度を意味する。その変動分を考慮すれば人間活動による温室効果ガスの可能性は弱まり、IPCCの前提は崩壊するという。

河合塾の意図とは。オルタナ編集部の取材に対し「講演会の内容は河合塾の見解ではない」(広報グループ)と、答えた。「ならば、今後IPCCの見解に沿った研究者も招く可能性があるのか」という質問には「当然考えられる」として、こう強調した。

「講演会は、何か特定の見地や見解に立つものではない。多感な時期を過ごす生徒に受験勉強だけでなく視野を広め、教養を深める場として、さまざまな分野の話を聞くという趣旨で行なっている。多様な考え方に触れ、それをただ受け入れるのではなく、自らの思考を深めていく機会を提供したい」

参加者アンケートでは「新たな視点から物事を考える機会になった」、「自分で考えることの大切さに気づいた」といった声が目立ったという。

河合塾は科学的な議論のバランスを歪めている」

河合塾に対し、先記の署名に賛同した国際環境NGO「350.org」の伊与田昌慶ジャパン・キャンペーナーは、こう疑問を呈す。

「多様な考え方を紹介するという意図が本当なら、『王道』であるIPCCの知見に基づいた講演会を懐疑論の何百倍も行っていなければおかしい。科学の世界では、99.9%以上の査読付き論文で『気候変動の主原因は人間の活動にある』というコンセンサスが得られている。にもかかわらず懐疑論を取り上げるのは、世の中の科学的な議論のバランスを歪めて生徒に伝えることになる」

IPCC報告書の原稿は3回のレビュー(査読)を受ける。AR6・WG1では科学者や各国政府から約7万8000件のコメントが寄せられ、その全てに対応した上で報告書が完成した。コメントと対応は全て公開している。一方で、懐疑論者が唱える説は科学者による精査のないままに出版され、書店に並ぶ。伊与田氏はこう続ける。

「河合塾は過去にも懐疑論者の講演を行なっており、これを一方的に繰り返すことは、勉強に励む生徒が科学リテラシーを身に付けることを阻害する。それを教育に携わる河合塾が行っていることを、とても危惧している」

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気候変動の主原因が人間活動にる温室効果ガスにあることは、99%以上のコンセンサスが得られている(IPCC・AR6・WG1より)

懐疑論を広めることで「利益を得る」のは誰か

約20年にわたり、折に触れて懐疑論に反証してきた明日香壽川(あすか・じゅせん)東北大学東北アジア研究センター・環境科学研究科教授は、こう指摘する。

「懐疑論を語るのは陰謀論やトンデモ論を話すのに等しいが、それが報道されると社会的に悪影響がある。例えば、欧州のメディアが懐疑論を取り上げるのは極めて少ない。これは両論併記を否定しているわけでなく、取り上げてしまうと懐疑論がアカデミックの世界で大きな勢力を持っているという間違った印象を与えかねないという考えにもとづいている」

明日香氏は、気候変動を巡る科学的論争はほぼ決着が付いていると話す。

「多くの観測機関や研究機関のデータが、都市から離れた郊外や海面を含む地球全体の長期的な温度上昇を示している。温室効果ガスに比べれば、都市部のヒートアイランド現象が気候変動に及ぼす影響は微々たるものに過ぎない」

気候変動の原因を太陽の活動とする説も、懐疑論の典型だという。

「IPCCも太陽活動の影響を否定していない。しかし20世紀後半以降は活発化しておらず、人類起源の温室効果ガスを抜きに今の急激な温暖化は説明できない。懐疑論者が根拠とするグラフやデータは、似た主張をする懐疑論者が作ったものがチェックなしで引用されたり、出所が曖昧だったりするものが大部分だ」

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明日香氏らが2009年に発行した「地球温暖化懐疑論批判」。この時点で、ほぼ懐疑論に対する反証が出揃っている

しかし、専門的な知識を持たない人々にとって、気候変動を巡る論争を完全に理解するのは難しい。懐疑論に惑わされないにはどうするべきか。明日香氏は「誰が利益を得るか」を考えることが一つのカギになると強調する。

「例えば米国では、化石燃料会社が内部ではIPCCと同じ結論に至っていたのに、外部には意図的に懐疑論を発信していた。多くの調査機関が、そのような事実を明らかにしている。懐疑論を流布することで気候変動対策を遅らせ、化石燃料ベースの産業を維持して自分たちの利益を守りたいという意志が働いているのは明らかだ」

日本ではどうか。一例として、河合塾で講演した田中氏はNPO法人「国際環境経済研究所(IEEI)」のサイトで、石炭火力の廃止に否定的な意見を述べている。同サイトの寄稿者には、脱炭素に否定的なキヤノングローバル戦略研究所の杉山大志氏や、懐疑論を展開する英国のシンクタンク「地球温暖化政策財団(GWPF)」の名前もある。

同研究所は経済産業省出身の澤昭裕氏(故人)が中心になって2011年に設立し、理事には鉄鋼や電力会社の出身者が多い。こうした動向には注視する必要がありそうだ。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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キーワード: #脱炭素

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