記事のポイント
- ナフサ不足で、ポテトチップスのパッケージが白黒印刷となった
- 素材としての石油にも大きく依存する構造が浮き彫りになった
- 石油依存脱却と同時に、地域で循環可能なバイオ由来資源への移行を進めたい
ホルムズ海峡危機に伴うナフサ不足で、ポテトチップスのパッケージが白黒印刷になったことは、燃料だけでなく素材としての石油にも、私たちの社会が大きく依存している構造を浮き彫りにした。脱炭素化で再エネへの移行が進めば石油需要はいずれ減る。石油を燃やさなくなった未来に、私たちは何を素材とするのか。石油依存からの脱却と同時に、地域で循環可能なバイオ由来資源への移行を進めることが、後悔しない選択だろう。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

■白黒になったポテトチップスの袋
製菓メーカーのカルビーが、ポテトチップスのパッケージをカラー印刷から白黒印刷へ切り替えると発表し、話題になっています。
理由は、ホルムズ海峡危機にともなうナフサ由来のインキ原料の不足です。実際、いまは印刷インキだけでなく、さまざまな石油化学製品で供給不安や価格高騰が起きています。企業としては当然の対応でしょう。
ところが、この発表に対して、思わぬ反応もあったようです。
「ナフサは総量としては足りているはずだ」として行政からヒアリングを受けたり、「国が足りていると言っているのに不安を煽るな」といった批判や、不買運動を呼びかける声まで出てきたといいます。
その話を聞いて、私は少し不思議な気持ちになりました。サプライチェーンというものは、ギリギリで成立するものではありません。多少の余裕やアソビがあってこそ、全体がスムーズに機能します。
実際、今回も「総量としては足りている」という説明と、現場の実感との間には、大きなずれがあったのです。理由は、いくつかの構造的なものです。 たとえば、国が在庫として数える量のなかには、すでに樹脂のペレットに固められたものまで、原料に換算して含まれています。けれども、塗料やインキのメーカーが必要としているのは溶剤であって、一度固めた樹脂を溶剤に戻すことはできません。
さらに、ナフサは石油備蓄の義務の対象外で、民間の通常在庫は20日分ほどしかありませんでした。加えて、ガソリンには手厚い価格補助があるのにナフサにはないため、製油所としてはガソリンの生産を優先するほうが合理的になります。
「全体の量」はあっても、「必要な形のもの」が必要な場所で足りない。それがサプライチェーンの現実です。
そして、たとえ総量としては足りていたとしても、先行きが不透明になれば、企業は在庫を積み増し、新たな調達先を探し、供給に優先順位をつけます。すると部分的な不足が生まれ、影響が全体に広がります。むしろ、企業が早めに危険信号を察知して先手を打つのは、当然のことです。
今回のケースでも、本当に考えるべきことは「白黒印刷にしたこと」ではなく、「ポテトチップスの袋の印刷まで石油化学製品に大きく依存している」という構造のほうではないでしょうか。
■危機のたびに慌てる社会から
もちろん、ホルムズ海峡の安全が確保されれば、状況は改善するでしょう。しかし、問題はそこではありません。仮に今回を乗り切ったとしても、次は別の場所で同じことが起きるかもしれないからです。
地政学リスク、気候変動による異常気象、資源の争奪、物流の混乱。サプライチェーンを揺るがす要因は、今後もなくなりそうにありません。そう考えると、私たちは単に代替ルートを探したり、危機の収束を願ったりするだけでなく、もっと根本的な解決策を考える必要があるのです。
環境分野では、1990年代頃から「ノーリグレットポリシー(No-Regret Policy)」という考え方が広く使われるようになりました。これは、「たとえ予測した問題が起きなかったとしても、やっておいて損をしない政策」という意味です。
たとえば省エネルギーがそうです。仮に気候変動の影響が予想より小さかったとしても、省エネを進めておけばエネルギーコストは下がり、エネルギー安全保障は向上します。結果として社会全体に利益があるため、後悔しない。だからノーリグレットなのです。
■BCGの5つのローリグレット・アクション
今年4月、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が、2050年の世界に関するシナリオレポート「ビヨンド・トゥモロー」を公表しました。
そのなかで興味深かったのは、2050年がどのような未来になったとしても有効性が高い企業戦略として、5つの「ローリグレット・アクション(後悔する可能性が低い行動)」を提示していたことです。
要約すると、サプライチェーンや事業構造のレジリエンスを高める、AIの発展と高齢化を前提とした人材戦略、柔軟性のあるデジタル基盤、変化の察知と対応力、そして社会的役割を強化することです。
いずれも重要な提言です。特に最初のレジリエンス強化は、今回のホルムズ海峡危機にも直結しています。代替調達先を確保したり、サーキュラーエコノミーへの移行を進めたりすることは、その典型例でしょう。
ただ、私はここにもう一つ加えるべき行動があると考えます。
■第6のノーリグレット・アクション
それは、石油由来資源への依存を減らし、地域で循環可能なバイオ由来資源へ移行することです。
実は今回のナフサ不足は、脱炭素社会がいずれ直面する問題を先取りしているのかもしれません。
ご存じのように、ナフサは原油を蒸留する過程で得られる留分のひとつ、いわば石油と併産される素材です。しかし世界が脱炭素に向かい、エネルギー源が再生可能エネルギーへ移行していけば、重油やガソリンといった石油製品の需要は長期的に減っていくでしょう。
製油所は歩留まりをある程度は調整できますが、原油そのものの処理量が減っていけば、ナフサの供給も構造的に細っていきます。つまり脱炭素とは、エネルギー転換であるだけでなく、素材転換にもならざるをえないのです。
私たちはこれまで、「燃料としての石油」に注目してきました。しかし、今回図らずも経験したように、プラスチック、塗料、接着剤、インキ、化学繊維など、現代社会のあらゆるものが石油化学製品の上に成り立っています。
石油を燃やさなくなった未来に、それらを何から作るのか。これは、本当は今から考えておかなければならない課題なのです。
幸い、日本には森林資源、竹、稲わら、食品残渣、海藻など、多くの未利用バイオマスがあります。これらを活かせれば、石油への依存を減らせるだけでなく、地域経済や農林業の活性化にもつながります。
■本当に「後悔しない」ための条件
もっとも、ここで一つ、正直に述べておくべきことがあります。バイオ由来への移行が、いつでも「後悔しない」とは限りません。
たとえば、海外から燃料用のバイオマスを大量に輸入したり、食用や生態系と競合する形で原料を確保したりすれば、新たな土地利用やネイチャーポジティブの観点から、別の後悔を生みかねないからです。
もちろん、私がここで言っているのは、そうした移行ではありません。日本の地域に眠る未利用バイオマスを、無駄なく段階的に使い切る——いわゆるカスケード利用——という形での移行です。
この条件のもとでなら、脱炭素になり、サーキュラーエコノミーになり、資源安全保障にもなり、地方創生にもつながる。そして将来どのような世界が訪れたとしても、決して無駄にはなりません。
BCGは、控えめに「ローリグレット(後悔の少ない)」行動と呼びました。けれども、条件さえ正しく規定すれば、地域のバイオ由来資源への移行は、「ノーリグレット(後悔しない)」と言い切れる行動だと、私は考えます。
■ポテトチップスの袋の先にあるもの
私たちは危機が起きるたびに、「早く元に戻ってほしい」と願いがちです。しかし、本当に必要なのは、危機が来ても揺らがない社会を、少しずつ作っていくことではないでしょうか。
石油を燃やさなくなった未来に、私たちは何から作るのでしょうか。ポテトチップスの袋が白黒になったという出来事は、その問いを、私たちに少し早めに投げかけてくれたのかもしれません。
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)540(2026年6月1日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。



