記事のポイント
- 「飛鳥・藤原の宮都」が26年7月26日、世界文化遺産に登録された
- 世界遺産に登録された背景には、現代に残る古代コミュニティがある
- 飛鳥と地中海に浮かぶ島国「マルタ」との共通点も踏まえて解説する
奈良県にある「飛鳥・藤原の宮都」が2026年7月26日、世界文化遺産に登録された。日本という国家が形づくられていく過程を示す歴史的価値が、世界共通の遺産として認められた証だ。今回の登録に関する報道や映像を見ながら、私の頭に真っ先に浮かんだのは、飛鳥ではなく、地中海の中央に浮かぶ小さな島国「マルタ」である。(千葉商科大学客員教授/経営コンサルタント=笹谷秀光)。
■マルタの風景を「飛鳥」が思い起こさせた
「なぜ飛鳥からマルタなのか」と思われるかもしれない。時代も文化も、地域も全く違う。
しかし私には、両者には共通する特徴があるように思えてならない。それは、単なる遺跡ではなく、「古代コミュニティと現代コミュニティが同じ土地で重なり合っている」という点である。
飛鳥・藤原を紹介する映像を見ると、広大な遺跡公園が広がっているわけではない。田畑があり、集落があり、人々が普通に生活している。その地下には、日本国家成立の舞台となった宮殿や官衙、寺院などの遺構が眠っている。
必要な範囲だけを発掘し、調査を終えると再び埋め戻す。その上で農業が続き、人々の暮らしも続いている。
私は、この映像を見ながら、「どこかで見た風景だ」と感じた。そして思い出したのが、マルタで体験した地下神殿であった。
■五千年前の世界がごく普通の住宅街の地下に
マルタは人口約60万人、地中海のほぼ中央に浮かぶ小さな島国である。しかし、ユネスコ世界文化遺産を三件も有する文化遺産の宝庫でもある。私が訪れたのは、その一つであるハル・サフリエニ地下墳墓(地下神殿)である。
訪問前、私は勝手なイメージを抱いていた。地下神殿というからには、エジプトやギリシャの神殿のような壮大な遺跡が地上にもあり、その地下へ降りていくのだろうと思っていたのである。
ところが現地に着いて驚いた。
そこは遺跡公園ではなかった。ごく普通の住宅街である。人々が暮らし、自動車が行き交い、子どもたちの声が聞こえる。その一角でガイドが「こちらです」と案内した建物を見ても、到底世界遺産の入口とは思えなかった。
通常の住宅の入り口から入る。本当にここなのだろうか。
そう思いながら建物に入り、階段を下りていくと、突然、約五千年前の世界が現れる。岩盤を掘り抜いた空間が幾重にも続き、人々が祈り、死者を葬り、共同体として生きていた痕跡が、そのまま保存されているのである。
地上では現代の人々が暮らし、その地下には古代コミュニティの記憶が眠っている。
この体験は、私にとって世界遺産を見る目を大きく変えるほどの衝撃であった。


■飛鳥もマルタも「歴史」とともに生きてきた
今回の飛鳥・藤原の登録を見て、私はこのマルタでの体験を思い出した。
もちろん、両者は同じではない。
飛鳥は、日本国家成立の舞台であり、マルタは地中海文明の揺籃の地である。歴史的背景は全く異なる。しかし、共通するものがある。
それは、歴史を現在の生活から切り離していないことである。
マルタでは、現在の町並みの下に地下墳墓がある。一方、飛鳥では、現在の農村景観の下に宮殿や道路、寺院などの遺構が眠っている。
さらにマルタには、ハジャー・イムやイムナイドラなどの巨石神殿群が地上に残っている。地下だけではなく、地上にも古代コミュニティの姿を見ることができる。
飛鳥も同様である。地下には宮殿や役所の遺構が眠る一方、地上には石舞台古墳や飛鳥寺跡、酒船石などが点在している。
つまり、地下と地上を合わせて一つの歴史を語っているのである。私は、この点が非常に興味深いと思った。
遺跡というものは、発掘され、保存され、展示されるものだという固定観念がある。しかし飛鳥もマルタも、それだけではない。現在の生活空間そのものが、歴史を包み込み、守り続けているのである。


■世界遺産の主役は「コミュニティ」である
飛鳥・藤原を紹介する番組では、埋め戻しという保存方法も紹介されていた。最初は少し意外に思った。せっかく発掘したのだから、そのまま見せればよいではないかと思う人もいるだろう。
しかし、それでは飛鳥らしさは失われる。
飛鳥が守ろうとしているのは、遺跡だけではない。現在も続く農村の暮らしであり、地域コミュニティそのものなのである。
マルタでも同じことを感じた。地下墳墓だけが世界遺産なのではない。その上で人々が暮らし続けている町があるからこそ、この地下遺産は生きた歴史として存在している。
住む人は変わった。建物も変わった。生活様式も変わった。
しかし、その土地で人が暮らし、共同体を築き、土地を守ってきたという営みは連続している。
だからこそ、私は今回の飛鳥・藤原の世界文化遺産登録を、「国家誕生の遺跡が登録された」というだけでは受け止めたくない。
そこには、古代コミュニティが営まれた土地を、現代コミュニティが静かに受け継いできたという、日本ならではの歴史がある。
世界遺産とは、石や建物を保存する制度ではない。人が遺産を守り、その遺産がまた人を育てる。その循環こそが、世界遺産の本当の価値ではないだろうか。
次回は、この飛鳥とマルタの比較をさらに深めながら、「世界遺産が守るものは何か」、そして「一過性の観光ブームで終わらせないために何が必要か」を考えてみたい。



