拙速で一利もないIWC脱退(共同通信・井田徹治)

ある外務省の幹部は「国際機関からの脱退は極めて異例で、マルチラテラル(多国間)な取り組みを通じてサステイナビリティを追求するという日本のイメージが大きく傷ついたことは否定できない」と懸念を口にした。

外務省内などにあった脱退反対論を押し切ったのは捕鯨が盛んだった山口県が地盤の林芳正前文部科学相や安倍晋三首相、古式捕鯨発祥の地とされる和歌山県選出の二階俊博・自民党幹事長ら一部の政治家だった。日本の国際社会での立ち位置や国際的な評判、今後の漁業交渉などでの影響力などにもかかわる重大な決定が、オープンな社会的討議を経ることなく、一部の政治家と官僚だけの議論の中で極めて不透明かつ非民主的な形で行われたことは大きな問題だ。

そもそも、南極海などでの調査捕鯨を断念する代わりに、EEZや領海内でIWCの管理方式に則って商業捕鯨を行うというのは、反捕鯨国と捕鯨国の対立で膠着状態が長く続くIWCの中で、唯一といえる妥協策として長く議論されてきたもので、脱退しなくともIWCの中での合意を得ることは不可能ではなかった。

この問題に詳しい早稲田大の真田康弘・客員准教授は「IWC内部にいても得られた可能性があることを、脱退で実現したというのは外交の失敗。南極海の捕鯨から撤退し、活動を大幅に縮小するという外交的敗北を『IWCからの堂々退場』というナショナリズム的レトリックで糊塗するものだ」と指摘している。

IWCからの脱退を1933年の国際連盟からの脱退に引き寄せて語る向きがある。今回の行動は、ガダルカナル島の戦闘で大敗し、余儀なくされた撤退を「転進」と呼んだ旧日本軍を思い起こさせるものだ、というのは言い過ぎだろうか。

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井田 徹治(共同通信社編集委員兼論説委員/オルタナ論説委員)

記者(共同通信社)。1959年、東京生まれ。東京 大学文学部卒。現在、共同通信社編集委員兼論説委員。環境と開発、エネルギーな どの問題を長く取材。著書に『ウナギ 地球 環境を語る魚』(岩波新書)など。2020年8月からオルタナ論説委員。

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