コロナ禍でエッセンシャルワーカーに注目が集まっています。特に医師や看護師、薬剤師、介護士など医療・福祉分野の人たちの奮闘ぶりは頼もしい限りですが、そんな分野にも新しいトレンドが押し寄せているようです。

ハンセン病患者を救助した看護師の鏡

私が看護師さんの献身性というものに関心を持ったのは岡山県の長島にあるハンセン病療養所、邑久光明園に1か月間泊まり込んで取材した時です。

敷地内にある元準看護学校の寮が私の宿泊場所でした。学生は2年間の授業料は無料で、その代わり1年間は療養所で働くのが条件だったそうです。遠く故郷を離れた寂しい場所で難病の人たちに尽くそうといううら若き乙女たちの心意気を思うと感動を禁じえませんでした。

その寮の玄関に一枚の肖像画がかかっていました。光明園の前身、外島保養院(大阪)が1934年、室戸台風に襲われ、津波のような高潮が押し寄せる中、身を挺して患者を救助中に殉職した看護師、中野鹿尾さん。文字通りの白衣の天使。看護師の鏡だと教えられました。

看護師と言えばナイチンゲールですね。クリミアの天使として、クリミア戦争で負傷兵への献身的看護や統計に基づく医療衛生改革に大きな役割を果たしました。当時、看護師は病人の世話をする召使いで専門知識が不要な仕事と考えられていました。そんな中、近代看護教育の母として看護師養成システムの構築にも力を発揮しました。

ナイチンゲールは社会を変革した「社会起業家」ですが、いま看護師は医療施設の中に囲い込まれ、街中で出会うことはありません。その労働実態はわかりませんが、様々な矛盾を抱えています。

最近、日本経済新聞に掲載された、人物紹介欄に目が留まりました。取り上げられていたのは看護師ウィム サクラさん。抑うつ症状などの問題を抱える人が多い看護師を対象にメンタル不調の早期発見、重症化予防を図るためplusbase(東京・渋谷)を立ち上げたという記事でした。

社長としてウェブ上で看護師の心の問題点をチェック、eラーニングで改善点を提案するという心の支援プログラムを病院に導入しようとしているそうです。一瞬の判断が人の生死に直結する過酷な職場環境からうつ病を発症した自身の経験を生かしたアイデアで、病院の外からの発信といえそうです。

シニア専門の芸能プロダクションを設立した生きがい応援ナース

もうひとり、病院で悩みを抱えていた人がいます。平岡史衣さんです。祖父がガンで亡くなったことから病気に苦しむ人の役に立ちたいと、神戸大学を卒業後、看護師になりましたが、実際に京都第一赤十字病院の整形外科や消化器内科で2年間、働いてみると意外なことに気が付きました。

限りある命を生きたいと頑張る患者がいる一方で、けがが治り健康に問題はないのに、「家に帰りたくない。生きていても楽しくない」と人生に希望を失いリハビリにも関心を示さない高齢者が多かったのです。生きがいを感じられないのです。

そこで、平岡さんは、学生時代のアイドル活動や創作ダンス、社交ダンスの経験を生かして、介護施設で介護予防ダンスを教えながらお年寄りと交流を始めます。街にも出て、高齢者に声をかけました。わかったことは、皆、孤立し孤独にさいなまれていること、社会の中に自分なりの役割を見つけ自己実現したいと望んでいることでした。

杖をついていたおばあちゃんが、一緒に歌ったり踊ったりしているうちに杖が不要になるほど元気になった例もあり、平岡さんは、生きがい応援ナース「ふうみん」として人気者になりました。

生きがい応援ナース「ふうみん」(右)とプロダクションのタレントさん