記事のポイント
- ウェブアクセシビリティは企業にとって顧客・従業員との接点である
- AI時代こそ、ウェブアクセシビリティを最初から品質基準に組み込む必要がある
- 企業・開発者・コミュニティが協働して「誰も取り残さないデジタル社会」に
ウェブのアクセシビリティは、企業にとって、顧客・従業員との重要な接点だ。AI時代には、このウェブアクセシビリティを最初から品質基準に組み込むことが、誰も取り残さないデジタル社会には不可欠となる。前回に続き、世界最大級のソフトウェア開発プラットフォームのGitHubで、自身も目が不自由な当事者としてアクセシビリティ責任者を務めるエド・サマーズ氏に寄稿してもらった。(オルタナ編集部)

ご参考:誰も取り残さないデジタル社会①ウェブアクセシビリティを社会基盤に
■ウェブアクセシビリティは、いまや経営課題
前回は、ウェブアクセシビリティが日本の高齢社会とデジタル社会を支える基盤であることをお話ししました。今回は「企業はなぜアクセシビリティに取り組むべきなのか、そして経営課題としてどう実践につなげるべきなのか」を、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
ウェブアクセシビリティは長いあいだ、社会貢献やCSR(企業の社会的責任)の文脈で語られてきました。もちろん、その意義は重要です。しかし私は、それだけにとどまらず、顧客との接点、人材、リスク管理、イノベーションに関わる経営課題だと考えています。
その理由の一つは、アクセシビリティの恩恵が、特定の人だけに限られないことです。文字が読みやすいこと。音声で操作できること。キーボードだけで手続きを終えられること。これらは目の見えない私だけでなく、加齢による視力低下の始まった人、片手に子どもを抱えた人、ケガの治療中の人、騒がしい環境でスマートフォンを利用する人など、幅広い人々の役に立ちます。アクセシブルなサービスは、特定の人だけではなく、より多くの顧客にとって使いやすいサービスなのです。
企業の採用サイトや社内向けの業務アプリケーションも同じです。採用において応募フォームが使えなければ、その人は応募ができません。企業は、出会えたはずの人材を気づかないまま失っていることになります。また、業務アプリケーションが使えなければ、従業員は十分に能力を発揮できません。
アクセシビリティへの取り組みは、人材獲得や従業員一人ひとりの能力発揮を支え、顧客体験と従業員体験の双方を改善し、中長期的な企業価値の向上にもつながり得ます。 ESG(環境・社会・ガバナンス)や人的資本経営、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)を重視する企業にとっては、これらと地続きのテーマでもあります。
もうひとつ、日本企業にとって実務的な理由があります。前回触れた改正障害者差別解消法に基づく合理的配慮は、困っている人から申し出があったときに応じるものです。アクセシビリティが十分でないままであれば、困りごとの申し出は繰り返し発生し、そのたびに人手と時間がかかります。はじめからより多くの人が使えるように設計することは、利用者の障壁だけでなく、現場の対応負担や事業上のリスクを根本から減らすことにもつながります。
■ AI時代だからこそ、アクセシビリティを品質の基準に
いま、生成AIの普及により、ソフトウェア開発はかつてないほど高速化し、生産性が向上しています。私自身、その変化を歓迎しています。一方、速く作れることと、誰もが使えるものを作れることは、同じではありません。
前回も挙げた非営利団体WebAIM(ウェブエイム)の2026年版レポートには、気がかりな変化がありました。過去数年、ゆるやかに改善していたアクセシビリティの状況が反転し、自動検出されたエラーの数も、ウェブ・コンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG)へ不適合が疑われるページの割合も増えたのです。
特に懸念されているのは、ウェブサイトの複雑性です。調査対象となったホームページでは、ページを構成する要素数が、わずか1年間で22.5%増加しました。WebAIMは、ページの複雑化が、検出されるアクセシビリティエラーの増加と強く関係していると指摘しています。
WebAIMは、こうした背景に、サードパーティーのフレームワークやライブラリへの依存の高まり、コードの自動生成やAI支援を受けたコーディング、いわゆる「バイブコーディング」の広がりがある可能性を指摘しています。
注目したいのはエラーの中身です。検出されたエラー全体の96%は、わずか6種類に集中していました。色のコントラストが足りない。画像に代替テキストがない。入力フォームにラベルがない。リンクやボタンの中身が空(スクリーンリーダーが読みあげられない)。ページの言語が指定されていない。いずれも、基本を知り、設計・開発・テストの工程に組み込めば、防げるものばかりです。
AIは、人間が与えたデータや指示をもとに、コードをより速く、より大量に生成します。アクセシビリティを品質基準として最初から組み込んでおかなければ、AIは既存の不備までそのまま増幅して再生産してしまいます。
逆に、要件、設計、コードレビュー、テストにアクセシビリティを組み込めば、AIを、改善の規模と速度を高める力として活用できます。だからこそ、AI時代が始まったばかりのいま取り組むべきことなのです。
■ 一社だけでは実現できないからこそ、協働していく
GitHubでは、アクセシビリティを可用性やセキュリティと同じ「エンジニアリングの基本」と位置付けています。専門チームによる継続的なレビューや、日常的に支援技術を使う人々との検証を通じて、アクセシビリティを開発文化として根づかせるように取り組んでいます。
最近では、AIを活用してアクセシビリティのガバナンス作業を大幅に短縮できた例も生まれました。具体的には、アクセシビリティ上の問題を検知すると担当者に修正を促し、進捗を可視化する仕組みを、AIコーディング支援ツールである「GitHub Copilot」を活用して作成しました。AIは人を置きかえるためではなく、定型的な追跡作業を減らし、人が分析や判断すべきことに時間を使うために役立てられるのです。

GitHub Copilotのインターフェース
ただし、アクセシビリティは一社だけで実現できるものではありません。サービスをつくる企業、開発者、利用者、研究者、行政、コミュニティの協働が必要です。
前回ご紹介した浅川智恵子さんは、いま日本科学未来館で、視覚に障がいのある人が自分の足で目的地にたどり着くための自律走行ロボット「AIスーツケース」の開発を進めています。この取り組みで私が特に注目しているのは、大学や企業が集まってコンソーシアムをつくり、オープンソースのコミュニティを活用することで、組織の壁を越えて開発を進めている点です。
知見やツールを分かちあえば、一つの改善を、世界中のソフトウェアへ広げていくことができます。GitHubでも、アクセシビリティに関する知見や実践例を積極的に公開しています。私たちの経験が、他の組織が実践に踏み出す際の助けとなり、改善の連鎖につながることを願っています。
■ 小さな一歩から、誰も取り残さない社会へ
アクセシビリティへの取り組みは、大がかりなシステム刷新から始める必要はありません。色のコントラストを見直す。画像に説明を添える。リンクやボタンに名前をつける。フォームにラベルをつける。ページの言語を設定する。先ほど挙げた6種類の課題は、そのまま今日から取り組める改善のリストでもあります。
GitHubを利用する日本の開発者は2025年に450万人を突破し、規模の国別順位で、日本は前年に比べ3ランク上昇して世界第6位の開発者コミュニティに浮上しました。この大きなコミュニティがアクセシビリティを「特別な対応」ではなく「品質の標準」として実践するようになると、日本語のウェブは誰にとっても障壁のないものへと進化していきます。
アクセシビリティは、対応項目を一度確認したら終わる仕事ではありません。経営が優先順位を示し、開発者が日々の工程に組み込み、当事者の声を継続的に反映することで、組織の文化として根づいていくものです。
最初の一歩は、決して大きなものである必要はありません。自社のウェブサイトをキーボードだけで操作してみる。画像の代替テキストを確認する。当事者の声を聞く。そこから始めることができます。
誰もが使えるウェブを、今日から一緒につくりましょう。



