記事のポイント
- 米通商法301条は人権問題が市場アクセスにも影響を及ぼし得ることを示した
- TISFDは人や社会の課題と企業価値を結びつける新たな開示枠組みを提示する
- 企業は人権・社会課題と企業価値との関係を戦略的に捉えることが求められる
米国が強制労働対策の不備を理由に、日本を含む60カ国・地域を対象として、通商法301条に基づく関税措置を発動しました。措置の妥当性には議論があるものの、企業経営者が見過ごしてはならないのは、人権問題が通商政策や経済安全保障と結び付き始めたことです。人権・社会課題は、もはや企業の事業活動や企業価値に影響を及ぼす重要な経営課題となっています。(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)
■強制労働対策の不備を理由に発動された通商法301条
米通商代表部(USTR)は2026年7月23日、通商法301条に基づく関税措置を決定し、翌24日から適用しました。
今回の措置では、各国・地域における強制労働対策、特に強制労働によって生産された製品の輸入を防止するための制度や、その執行状況などが問題視されました。
これについては、法的な位置付けやWTOルールとの整合性に疑問を呈する声があるほか、強制労働対策を理由とする措置の妥当性についての批判もあります。こうした点からも、米国の通商政策上の意図が色濃く反映されていると見ることもできるでしょう。
今回の措置では、日本を含む対象国・地域の製品に、新たな関税負担が生じることになりました。
■人権・社会課題は企業経営にどう影響するのか
しかし、企業の経営者が注目すべきなのは、トランプ政権の意図や関税負担ではなく、今回の措置が企業経営に何を問いかけているか、という点です。
米国では、強制労働により生産された製品は、1930年関税法307条により原則として輸入が禁止されています。さらに、2022年6月から適用が開始されたウイグル強制労働防止法(UFLPA)では、新疆ウイグル自治区で全部または一部が生産された物品などについて、強制労働によって生産されたものと推定し、原則として輸入を認めない仕組みが導入されています。
また、今回の301条措置のように、人権問題が通商政策と結び付くことで、企業は市場アクセスや競争条件などにも影響を受ける可能性があります。
一方、EUでは、企業に人権・環境デューデリジェンスを求める企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)が制定され、2029年7月から加盟国の国内法に基づく適用が始まる予定です。また、人権を含むサステナビリティ情報の開示を求める企業サステナビリティ報告指令(CSRD)も、すでに一部の企業で適用が始まっています。
このように、米国では強制労働問題を通商政策に組み込み、EUでは、CSDDDやCSRDなどを通じて人権・環境への対応や情報開示を企業に求めています。アプローチは異なりますが、いずれも人権や社会課題を企業活動を取り巻く制度や市場の仕組みに組み込む動きと見ることができます。
これらの動きは、企業経営にも重要な問いを投げかけています。それは、人権を法令遵守やCSRの問題として捉えるだけでなく、人権・社会課題が自社の事業活動やサプライチェーン、事業リスク、競争力にどのようにつながるのかを、経営課題として捉えることです。
■TISFDが示す「人・社会」と企業価値の関係
■TISFD開発の背景に「社会的格差」の拡大も
■人権・社会課題を企業価値創造につなげる

