記事のポイント
- 環境NGOなど13団体が、エネルギー政策の決定プロセスに問題提起を行った
- 「政府がパブリックコメントへの制限を検討」という報道を受けたもの
- 根本的な改善策として、政策決定に市民が参加できる仕組みづくりを求める
国内の環境NGOなど13団体が相次いで、エネルギー政策の決定プロセスに対して問題提起を行った。エネルギー基本計画に対するパブリックコメントの大量投稿を政府が問題視し、投稿数制限などの対応策を検討するという報道を受けたものだ。NGOらはパブコメの議論以前に、政策の決定プロセスに市民が参加する機会がないことが問題と指摘。市民の声を反映する仕組みへの転換を求めた。(オルタナ副編集長・長濱慎)

■気候変動への関心がパブコメの増加に
発端となったのは、3月の日経新聞とNHKの報道だった。これらによると、政省令を決める際に公募するパブリックコメント(パブコメ)の投稿件数が著しく増加しているという。中でも2月に閣議決定した「第7次エネルギー基本計画」のコメント数は、過去最多・前回の6倍以上となる4万件を超えた。
その9割以上が無記名で、同一人物からの複数投稿、SNS上での動員、AI(人工知能)で自動生成したと思われる文面も目立った。こうした大量投稿に対し、政府は同じIPアドレスから複数送られる投稿の制限や、メールアドレスを明記させるなどの対応策を検討しているという。
環境NGOら13団体は「AIを使った機械的な投稿は論外」としながらも、問題の本質はパブコメの投稿手法でなく市民参加の機会がない政策決定プロセスにあると指摘。4月15日に都内で記者会見を開き、10人が登壇した。
大島堅一・原子力市民委員会座長(龍谷大学教授)は、こう指摘する。
「現在のところパブコメは国民と政策決定プロセスをつなぐ唯一の制度的な保障であり、4万件を超えるコメントが集まったのは多くの市民が気候危機を実感し、環境・エネルギー政策に関心が高まっている証。それに制限をかけようとするのは問題で、政府はむしろ国民のコメントを奨励すべきだ」
松久保肇・原子力資料情報室事務局長は、こう続ける。
「メールアドレスの特定などで匿名性ある投稿が制限されれば、例えば公務員が政府の方針に反対の意見を出すことも難しくなる。それ以前に、パブコメは政策がほぼ出来上がってから公募しており、パブコメの内容を考慮して政策を変更すること自体あり得ない。国民の意見などどうでもよいと言わんばかりの対応だ」
■過去には市民の声が脱原発を後押し
環境NGOからは、以下のような指摘が上がった。
「2024年末から年始にかけて『第7次エネルギー基本計画』、『地球温暖化対策計画』、『GX2040ビジョン』のパブコメ公募があった。我々は時間がない中で投稿を呼びかけ、多くの人が問題を認識・共有してくれた。報道はパブコメの件数増加に対応しなければならない行政側の負担増を問題視しているが、市民参加を軽視した政策プロセスこそ変えていくべき」(桃井貴子・気候ネットワーク東京事務局長)
「2012年には前年の東日本大震災による原発事故を受けて国民的議論が行われ、さまざまな手法で市民の意見の集約が試みられた。パブコメでは約9割が『原発ゼロ』を選択し、原発ゼロ方針の閣議決定につながった。このように過去には開かれた議論を経て政策決定を行った事例もあり、今一度、市民参加のあり方を議論すべき」( 深草亜悠美・FoE Japan事務局長)
「『気候変動対策の強化を』、『原発は怖い』といった素朴な意見も含め、多様な声に耳を傾けるのは民主主義の基本だ。COPなどの国際会議においても、こうした認識は共有されている。今問うべきはパブコメをどうすべきかよりも、民主主義の制限にいかに抗うか、そして市民参加と民意の反映をいかに進めるかだ」(伊与田昌慶・350.org Japanキャンペーナー)
「例えば長野県では環境に関する政策を決める際に公平性を担保するため、利害関係のない専門家による検討会が提言を行ったり、電力会社やNGOなど多様な利害関係者を含むステークホルダー会議で議論をしたりする仕組みがある。こうした運営を国の審議会にも求めたい」(鈴木かずえ・グリーンピースジャパン気候変動・エネルギー担当)
環境・エネルギー政策の決定プロセスが特定の利害関係者を中心に進められ、多様な声が反映されないことは、これまでもNGOなどが問題視してきた。エネルギー基本計画では、審議会メンバーの大半を原子力や化石燃料業界の関係者が占め、気候変動の専門家や再エネの普及を望む市民、若者などは蚊帳の外に置かれている。
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市民参加の政策決定は世界の常識
日本の政策決定プロセスが国際的に遅れているという指摘も相次いだ。
藤村コノエ・環境文明21代表は「環境・エネルギー政策は市民の暮らしに直結しており、その影響を受けるのも市民である。特定の分野の専門家や業界関係者だけで決めて良いものではなく、オーフス条約も環境政策への市民参加の重要性をうたっている」と述べる。
「オーフス条約」とは環境分野への市民参加を定めた条約で、国連欧州経済委員会(UNECE)が1998年に採択・2001年に発効した。25年4月現在でEUや東欧を中心に48ヵ国・地域が批准しているが、そこに日本は含まれていない。中下裕子・オーフスネット運営委員は、こう説明する。
「オーフス条約は、3つの原則(情報アクセス・市民参画・司法アクセス)を市民の権利として定めている。政策意思決定プロセスへの市民参加は世界的な潮流だが、日本政府の姿勢は後ろ向きだ。日本にもオーフス条約を批准、またはその考え方を導入した法制度を求める」
若林秀樹・国際協力NGOセンター理事は、アジアの中でも日本は遅れていると指摘する。
「台湾は『JOIN』という政策プラットフォームを通して市民から意見を募り、5000以上の賛同が集まった意見には行政が対応しなければならない。台湾のケースはデジタル技術が市民参加を推し進めた好事例だが、制度を形骸化させない前提として、政府が多様な声に耳を傾けようとする意志を持つことが大切だ」
寺西俊一・日本環境会議理事長(一橋大学名誉教授)は、こう締めくくった。
「2005年の行政手続法改正でパブリックコメントが法制化されてからちょうど20年。これを機にパブコメのあり方を検証し、日本の遅れた状況を海外並みに引き上げられるよう議論を深めていきたい」
NGOらは引き続き政策決定プロセスへの市民参加に声を上げ、5月にはさらに多くの団体と共同での集会を計画している。
【問題提起を行った13団体】
原子力市民委員会、ワタシのミライ、気候ネットワーク、国際環境NGO FoE Japan、原子力資料情報室、環境文明21、グリーン連合、国際環境NGO 350.org Japan、オーフスネット、日本環境会議、国際環境NGOグリーンピース・ジャパン、JANIC、CAN Japan