再生型農業が世界で急拡大: トランプ政権も農業立て直しの切り札に

記事のポイント


  1. リジェネラティブ(再生型)農業が世界で急拡大している
  2. 微生物の働きを活用して土壌の生態系を再生する農法だ
  3. ネスレなどグローバル企業の原料調達方針も再生型農業への切り替えが進む

世界の農業が土壌の荒廃危機に直面する中で、微生物の働きを活用して土壌の生態系を再生するリジェネラティブ(再生型)農業が世界で急拡大している。ネスレやペプシコなどのグローバル企業も、原料調達方針において再生型農業への切り替えを進める。次に再生型農業が伸びるのはモンスーンアジアとも言われており、日本企業の本格的な取り組みを期待する。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

世界で急拡大する再生型農業とは

国際組織ネイチャー・ポジティブ・イニシアティブ(NPI)と国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)の主催で、7月14日と15日の2日間、熊本で「第二回グローバル・ネイチャー・ポジティブ・サミット」が開催中です。

サミットには国内外から企業や金融機関からの参加が多く、「ネイチャーポジティブ」が経済のキーワードになっていることがわかりますが、その一方で、企業がネイチャーポジティブに取り組むとはどういうことなのか、まだイメージを持てない方も多いと思います。

私は毎月、企業と生物多様性イニシアティブ(横浜市)の事務局長として、企業に関わる生物多様性の世界のニュースを厳選して会員に紹介していますが、ここ数年、その選定作業で毎月必ず出会う言葉があります。「リジェネラティブ農業(再生型農業)」です。 そのニュースのほとんどは北米や欧州からのものですが、まるでこの農法が燎原(りょうげん)の火のように広がっていく様子を見ている気分です。

そして実は、この再生型農業こそ、まさにネイチャーポジティブを事業や経済、そして私たちの生活に落とし込む非常に意味のある例なのではないかと思います。

■燎原の火のごとく広がる

再生型農業が広がる勢いは、本物です。ネスレ、ペプシコ、ユニリーバ、ゼネラル・ミルズなど、世界の名だたる食品企業が、原料の調達方針を次々と再生型農業へ切り替えています。ペプシコは2030年までに約400万ヘクタールを目標に掲げ、ゼネラル・ミルズはすでに目標のおよそ4分の3を達成しました。

そして今年、私が最も驚いたのは、アメリカのトランプ政権の動きです。2025年末、同政権は7億ドル(約1135億円)を投じる再生型農業の支援策を発表し、2026年6月25日には大統領令まで発しました

意外だったのは、その語り口です。彼らは「気候変動」はほとんど口にせず、「土壌の健康」から入っているのです。調べるほどに、彼らが再生型農業を、気候対策の道具としてではなく、農業そのものを立て直すための営みとして捉えていることが見えてきます。気候危機は認めないからなのかもしれませんが、それにしても、いよいよこの流れは軽視できません。

■その火は、本物か

ところが同じ時期の6月23日、投資家連合FAIRR(Farm Animal Investment Risk and Return)が公表したレポートは、この動きのまったく別の側面を照らし出しました。

総収益3兆ドル(約487兆円)を超える食品・小売79社を調べたところ、再生型農業に言及した企業は50社ありました。ところが、定量的な目標を掲げていたのは18社にとどまり、出発点となる基準値まで設定していた企業は、わずか4社だったのです。

―つまり、火は広く燃えているのに、その多くはまだ表面を焦がしているにすぎないのです。

もっとも、これは再生型農業そのものの価値を下げる話ではないと思います。むしろ逆です。急速に広がる勢いこそが、中身の伴わない宣言を大量に生んでいる。だからこそ、いま考えるべきは「その本質は、どこにあるのか」ということです。

■本命は、炭素ではなく「土」

―再生型農業は「CO2を吸収する農業」と考え、そこに期待する企業も多いようです。けれども、それは結果であって、本質ではありません。

―その本質は、微生物を中心とした土壌の生態系を、もう一度「再生する」ことにあります。土の中で無数の微生物が働き、死に、その遺物が土の粒子と結びつき、団粒という小さな構造に守られる。炭素は、その生命の営みの副産物として、土に蓄えられていくのです。

順序が逆だと言ってもいいでしょう。炭素を貯めるために土を操作するのではなく、土を再生した結果として、炭素がそこに残るのです。

―そして生きた土壌がもたらすものは、炭素蓄積だけではありません。微生物が養分を植物へ橋渡しすれば、肥料の使用は劇的に減らせる。団粒がスポンジのように水を抱えれば、土壌含水量は増え、干ばつに強くなる。世界の農業がいま直面している土壌の荒廃という切実な危機に、根元から応える力を、この農法は秘めているのです。トランプ政権が「土壌の健康」から入ったのは、実はその本質を理解していると言えるかもしれません。

―もちろん、再生型農業について、すべてを解決する万能薬のように語るのは、単純すぎます。生きた土壌への転換には知識も時間も要りますし、土地の条件によって効き方も変わります。

それでもなお、再生型農業の核心が、「出口の数字」であるカーボンにではなく、「入口の生命」である土壌にあることは、揺らぎません。そして私たちは、これまでの農業のやり方をもう一度真剣に考える必要がありそうです。

■日本にも大きな可能性が

―もう一つ考えたいのは、日本国内や日本企業の取り組みがまだ極めて限られていることです。世界で燃え広がるこの火は、私たちの足もとには、ほとんど届いていないのです。

―けれど、そこにこそ大きな可能性があると、私は思います。世界で再生型農業が次に伸びるのは、アジア・太平洋、とりわけモンスーンアジアだと言われています。

高温多湿のもと、水田を中心に、独自の土壌と農の文化を育んできたこの地域には、欧米のやり方をそのまま持ち込めない難しさと、それゆえの固有の強みがあります。日本がこの地域で果たしうる役割は、決して小さくないはずです。

―問題は、私たち自身が、その可能性にまだ気づいていないことです。再生型農業を、温室効果ガス削減のための道具や、欧米発の一過性のブームとして眺めているうちは、その本質は見えてきません。

これは、農業そのものをどう持続可能にしていくか、という問いです。そもそも、この数千年にわたって人間が行ってきた農業を、どう評価するのか。そして、私たちが立っているこの土を、どう次の世代へ手渡していくのか。きわめて深い問いが、そこにあるのです。

―世界の火が燎原を焼くのを、私たちは対岸から眺めているだけでよいのでしょうか。日本の企業が、そして日本に暮らす私たちが、この可能性に気づき、本格的に取り組むこと。その最初の一歩を、いま踏み出すときだと思います。

※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)543(2026年7月14日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。

adachinaoki

足立 直樹(サステナブル経営アドバイザー)

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。国立環境研究所、マレーシア森林研究所(FRIM)で基礎研究に従事後、2002年に独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、一般社団法人 日本エシカル推進協議会(JEI)理事・副会長、サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー等を務める。

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