企業は人なり、「人的資本経営」のススメ

【連載】サステナビリティ経営戦略(8)

不確実性が高まり、企業を取り巻く環境が劇的に変化する時代、企業の競争優位を支え、イノベーションの創出を通じた持続的な企業価値の向上を支える原動力は「人」であり、「人」を根幹とする人的資本経営の重要性が益々高まっています。(遠藤 直見・サステナビリティ経営研究家)

人的資本経営とは、これまで資源(Resource)として捉えられることが多かった人材を資本(Capital)として捉え、人材に投じる資金をコストではなく、価値創造に向けた投資として捉える考え方に基づく経営です。

経産省は、昨年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」を基に、日本企業への人的資本経営の実装を目的とする「人的資本経営の実現に向けた検討会」(座長 伊藤邦雄 一橋大学CFO教育研究センター長)を立ち上げ、7月1日に第1回会合が開催されました。

「人材版伊藤レポート」では、持続的な企業価値向上に向けた経営戦略と人材戦略の連動の重要性、人材戦略の策定・実施において各ステークホルダー(経営陣、取締役、投資家など)が果たすべき役割などが提示されました。

これを受けて本検討会では、これら主要課題について、今後の対応の方向性や各ステークホルダーが実施すべき具体的な取組などが議論されます。

一方、人的資本経営の透明性を求める動きが国内外で急速に進展しています。

■経営戦略と人材戦略の連動を

6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、「自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識した人的資本投資等についての開示」「中核人材における多様性確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標の開示」など人的資本に関する情報開示を求めています。

6月に閣議決定された政府の成長戦略にも「人的資本情報の『見える化』の推進」が明記され、来年度に向けて人的資本の開示に関する政策の議論がなされることになりました。

グローバルでは、昨年8月米国証券取引委員会(SEC)が投資家からの要請に対応し、レギュレーションS-K(非財務情報の開示に関する規則)を改訂、同年11月から上場企業に人的資本情報の開示を義務づけています。

また、2018年12月には人的資本の情報開示に関する国際規格「ISO30414」が発行されました。ISO30414はガイドラインであり、11分野58項目の定量化指標で構成されています。人的資本ROI(税引前利益に対する人件費の割合)など人的資本の財務的効果を把握するための指標を掲載している点に特徴があります。

このように人的資本経営を巡る動きが慌しくなっていますが、押さえておくべき点は「人材版伊藤レポート」が指摘するとおり、経営戦略と人材戦略との連動です。

経営戦略とは、自社の企業理念やパーパス(存在意義)に基づく長期ビジョンからバックキャストし、持続的に競争優位性のあるビジネスモデルを実現するためのものであり、その実効性を人的資本の面から裏付けるものが人材戦略です。

経営戦略と連動した人材戦略の策定・実行のためには、戦略上重要な人材アジェンダ(例:DX人材の獲得、事業ポートフォリオ変革に伴う人材のリスキルなど)の特定、現状とのギャップの把握と改善・変革、人的資本情報の開示(ISO30414等の国際的な枠組みも参照)およびCHRO(Chief Human Resource Officer)による投資家や従業員との建設的な対話などに取り組むことが必要です。

日本企業は、人的資本を巡る国内外の動向を注視し、経産省の取り組みなども参考にしながら、持続的な企業価値向上に資する人的資本経営に積極的に取り組んでいくことが望まれます。

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

東北大学理学部数学科卒。NECでソフトウェア開発、品質企画・推進部門を経て、CSR/サステナビリティ推進業務全般を担当。国際社会経済研究所(NECのシンクタンク系グループ企業)の主幹研究員としてサステナビリティ経営の調査・研究に従事。現在はフリーランスのサステナビリティ経営研究家として「日本企業の持続可能な経営のあるべき姿」についての調査・研究に従事。オルタナ編集委員

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キーワード: #ESG#SDGs

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