原田勝広の視点焦点:地震に強い魔法のコーティング

東京・八重洲のオフィスというからどんなお洒落なオフィスかと思いきや、意外なことに、かなり古いビルの4階にAsterの本社はありました。社会課題にビジネス手法で挑戦している、今注目の社会的企業と聞いていたので、いささか拍子抜けしてしまいましたが、それは私の誤解でした。確かに多くの社会起業家がハイテク、IT技術を駆使して脚光を浴びているのは事実ですが、チェンジメーカーにとって一番大事なのは、言うまでもなく、社会を良くしようという高い志とイノベーティブな発想です。それさえあれば、ローテクであろうが、オフィスが古かろうが問題ない。改めてそう思わせてくれたのが、この会社、Asterです。

まず名前からしてユニークです。災害(disaster)を除く(dis)ことがミッションであることからasterという社名が生まれたそうです。災害の中でも、具体的には石やレンガを積み上げた組積造りの地震犠牲者をゼロにすることが会社の使命です。石やレンガは、建材として屋外で使うと、太陽光、風雨、温度変化に対する耐久性である耐候性に優れ、数百年の築年数のものも珍しくありません。しかも、住んでみると夏は涼しく、冬温かい。火事にも強い。高度な技術がなくても簡単につくれ、材料もどこでも手に入ります。結構なことばかりです。価格も安いことから、世界中に普及し、世界人口の60%が組積造りの住宅に住んでいるほどです。

私の経験でも、ペルーに取材に行った時、貧しい人たちは、その日稼いだお金でいくつかのレンガを買い、毎日少しずつ積み上げるという話を聞きました。最後に屋根をつけるまで、星空の下で眠るのですが、往々にして途中で地震に襲われ、それが崩れてしまうのでした。

組積造りによる建造物の分布を見ると地震地帯が多いようです。日本は関東大震災で銀座煉瓦街などレンガ造りの建物が壊滅的な被害を受けたことから耐震化しない限り禁止ですが、海外ではそうでもありません。最近、地震による被害が出たインド、中国、ネパール、パキスタン、イラン、メキシコなどを見てもそれは明らかです。組積造りは地震による揺れには極めて脆弱性が高く、震度3-4程度で簡単に崩壊しています。レンガだと1個の重さは3kgくらいあるので、①崩壊で建物内にいる人が即死してしまう ②内部に空間ができないため生き埋め事故になる ③倒壊の際に粉塵が舞い散り被害が拡大する――といった特徴から犠牲者も多くなりがちです。1915年~2015年の100年間に地震による死者の80%が組積造りの建物関連とされています。

こうした地震による被害をなんとか防止できないかと立ち上がったのが鈴木正臣社長です。鈴木さんが父親から受け継いだ会社は、建物にできた亀裂を修復するコンクリート・メインテナンスを行っており、そのためにペーストを持っていた。このペーストを改良したのが、パワーコーティングという「魔法の樹脂」です。

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原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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