記事のポイント
- 野鳥に配慮したメガソーラーの事例が各地で広がる
- 太陽光発電は農業と自然保全を支える収入源になり得る
- 環境価値を価格に反映する電力市場への転換が必要だ
■小林光のエコ眼鏡(54)■
自然と共生するメガソーラーは本当に成り立つのか。コウノトリや水鳥などが生息する地域の水田や溜め池に設置された太陽光パネルを追うと、農業や生物多様性に配慮している発電所が存在することが分かる。また、福島第1原発事故後の被災地の事例を踏まえ、メガソーラーの役割を検証した上で、環境価値を適切に評価し「良貨」が選ばれる太陽光発電市場の在り方を提言する。(東大先端科学技術研究センター研究顧問・小林 光)
■豊岡市ではコウノトリとのシナジーも
北海道釧路町のメガソーラーにはタンチョウが訪れていたことから、西日本で有名なコウノトリの生息地、兵庫県豊岡市にあるPVパネルもチェックしてみた。
話を聞いたのは、電力小売り事業者のUPDATER(電力販売の商標は「みんな電力」)と、発電した電力を購入して使うパタゴニアである。パタゴニアは、単に電力を購入するだけでなく、発電事業者(坪口農事未来研究所)が発電所を建設する資金に充てるために組成した社債を購入することで、発電所の建設の段階からコミットしている。
このパタゴニアに電力を納めているPVパネルは、5カ所合計の発電能力で223.7kWで、このパネルは、コウノトリを育む農法によって水稲耕作等を行う合計8.85haの水田や畑、育苗ハウスの上に点在する形で張られている。
良く知られているように豊岡市は、コウノトリが野生で生息する場所だ。いったんは野外絶滅したコウノトリは、しばらくの間の屋内繁殖の期間を経て、2005年に放鳥され、近隣市町村での生息数を含め、今日ではおよそ500羽を数えるまでになった。
コウノトリはただ放たれたのではない。コウノトリを育むよう、地域は、様々の取り組みを行っている。無農薬や低農薬で稲の栽培を行うこと、水田・畑やその周辺に生息するコウノトリの餌になる小動物が水田・畑の中で生き続けられるように、水田の水干しには多くの工夫を凝らすことなどである。
このような取り組みは嫌々行われているのではない。そうではなく、マネーさえ生んでいるのが豊岡の特徴である。水田の小動物の生息にまで配慮をした農法で収穫されたお米が「コウノトリ米」などと称されて、要は、自然環境保全がマネタイズできているのである。
そうした経済的に成立する自然環境保全のための手段を一層増やしたのが、営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)だったという。
■水田の太陽光パネル、環境保全の手段になるのか
しかし、水田の上部にPVパネルを張って、それでも自然環境保全の手段になるのだろうか――。疑問に思って当然だ。コウノトリの邪魔になったり、その餌を減らしたりしないだろうか。つまり、売電収入を充てて自然に対し良いことをするにしても、その肝心の自然の価値を減殺させるのではないか。そう思って、論者も質問をした。
この点はファクチュアルなことである。聞いたところ、周辺でかねてより行われていた自然環境調査に加え、UPDATERはPVパネルを設置した水田とそうでない水田を比較する形で土壌診断調査を行ったという。
結果は、PVパネルの設置は生物の生息に対し特段の悪さをしていないと推察されるもので、今後も継続的に所要のモニタリングを行っていくこととなった(もっとも、設置前のベースラインについての調査は行われていないので、上空のパネルが正の影響まで持つのかまでは断定されていない)。
こうした調査結果は、国による自然共生サイトの認定を受ける際の判断材料の一部として活用された。すなわち、2025年9月には水田のほか地元で畑などを持って広く営農する、前述の坪口農事未来研究所の、合計8.85haのソーラーシェアリングの農地が自然共生サイトの認定を受けることにつながったのである。
釧路町の事例で見たように、獣柵は、被食小動物やシカと食料を競合する関係にある小動物に対して有利に働く可能性があるかもしれない。しかし、このケースとは異なり、上空にあるPVパネルによる減光が水田や畑の生物多様性を直ちに増すものではあるまい。
そして、パネルの有無にかかわらず豊岡の水田や畑の生物多様性が高かったのは、コウノトリのことを考えた注意深い営農の仕方が普及していた結果であろう。水田や畑のソーラーシェアリングが自然保護の推進力とまではならなかったにせよ、農家の収入を増やし農業の味方になるものであることは、この豊岡の事例がはっきり示している。
■溜め池のパネル、水鳥の着離水空間に配慮
また、同じ鳥でも水鳥のカモの生息への配慮を行っているメガソーラーもあった。それは、兵庫県稲美町や奈良県大和郡山市の農業用溜め池にあり、3つの池の水面に合計2125kWのPVパネルが浮いている。いずれも水面占有率は50%弱である。

ここは、発電事業者も電力小売り事業者も共にUPDATERで、同社はこれらの関西エリアの溜め池を利用した太陽光発電所における生物生息調査を行っている(調査の実施時期は、いずれも発電設備敷設後3年程度経過した後である由)。
調査は、環境調査会社に委託する形で、可能な限り近隣の発電パネルを設けていない溜め池と比較する形で行われた。その結果では、パネルのある溜め池にもイカルチドリ、タシギなどの希少種の水鳥が訪れ、普通種も含めた野鳥の多様性でも、明らかな差異は検出できなかった由である。また、野鳥がパネル自体や電力設備を特に忌避している行動も見られなかったという。
もっとも、この溜め池太陽光発電所は、水面全部をパネルに供したわけではなく、水鳥の着水や離水に支障がないよう相当の開水面をあらかじめ設けてあったため、こうした配慮が水鳥の好感を呼んだのかもしれない。また、そもそもパネルを設ける前の環境状況が調べられていた訳でなく、パネル設置前の野鳥の生息がもっと豊かだった可能性も否定はできない。しかし、今の時点でフラットに見れば、水面上のPVパネルが鳥たちに悪さをしているとは到底言えないようである。
■水面上のパネルは溜め池の蒸発防ぐメリットも
水面上のパネルは、農業にとっては収入を生み出すだけなのだろうか――。地元の水利組合関係者からのコメントとして、用水としての溜め池の水の質や量は、遮光の結果、夏の高温水や過度の蒸発が避けられるようになったこと、富栄養化による水質悪化を軽減するメリットも生んでいるとのことがあった由だった。
特に、収入は溜め池の護岸の維持に充てる財源が農家の減少のせいで大きく減少してきたことを反転させる上でとてもありがたいと、高評価であるそうだった。
ちなみに、UPDATERでは、太陽光発電サイトでの発電と自然保全との同時達成に向けて、生態系のモニタリングが欠かせないと判断し、自然保護協会と連携協定を結び、サイトの自然環境調査などを事業の重要な一環として行うこととし、手始めに栃木県芳賀町の営農型太陽光発電サイトの自然調査を開始したと聞いた。
悪いソーラー発電所はもちろんある。けれども、ソーラー発電所がいつも悪なのではなく、農業の救世主になることもできるのである。
■福島の除染後の土地、営農者がいない発電サイトで思うこと
論者は今年5月上旬、福島県の浪江町、双葉町、大熊町およびその周辺の除染進捗状況を見学しに同地を訪れた。2年以上前の前回訪問時に比べ、随分とすっきりし、フレコンバッグの山はほとんどなくなり、きれいな草地が広がっていた。現地で除染に当たってこられた方々の営々としたご努力が形になっているのを見て感銘を受けた。
聞くところによれば、国が担当して福島県の11市町村で除染した農地は既に8700haに達していて、この他にも市町村が担当して除染した地域はさらに広いという。
しかし、ここでは、多大な労力が費やされて作り出された折角の除染した土地の中には、営農者が現地にいなくなってしまったため元の農耕地には戻せず、広大な、太陽光発電ファームになっている所も相当数見られた。

営農者がいないなら発電だけの土地利用も、原野に戻すよりは次善の策であろう。また、獣柵などの太陽光発電のインフラがあり、売電収入があれば、ゆくゆくは、営農者、あるいは羊などを飼う酪農者を呼び込むことも、裸地よりも容易だろう。
しかし、この景観を見ていて、一般の中山間地域で、福島とは異なり、幸いにも営農者がいるような地域において、敢えて営農者の収益を少なくする方向の規制を行うのが、果たして農村のためなのだろうかと首を傾けさせられたのが正直なところである。
■良貨の電力を選んで、環境価値込みで買えるように
以上、いくつかの例を見てきたが、良貨はある。一部の「悪貨」を見て、良貨まで追放してしまうのは知恵がない反応だと思うし、反環境の意志すら感じさせる。政府各省の政策検討でも、良貨は生き残れるようにすることはもちろん、さらに良貨が増えるような賢い知恵を出してほしいものだ。
ここで敢えて言いたいのは、悪貨も悪いが悪貨を生み出す市場も悪かったのであり、市場の再設計が必要だ、ということである。
翻って考えるのに、そもそもFITの発電所は、しょせんは単なる発電所としてしか評価されず、電力は環境価値をはぎ取られ、kWhとしてのみ買い上げられ、その電力は系統の中でインコグニトな形で混じり込まされている。その上、FIT賦課金は電力使用者全体に使用量に応じて課金する税金のような仕組みで、結果的に悪貨と言うべき発電所の収益保証にまで、国民全体がコミットさせられてしまった。
悪い者は明らかにならず、良い者が選ばれる仕組みもない。これでは、国民が怒るのは無理もない。悪貨が増えることを止める仕組みも、そもそもビルトインされていなかった。さらに、最近のFIT制度への修正の試みも、ますます発電コストの切り下げにばかり注力をして、つまりは悪貨を助長しかねないものである。
そうではなく、オフサイトのメガソーラーは、基本は特定の電力消費者に専属的な電力供給を行うこととし、その発電コスト、それも発電サイトの自然環境保全コストも含めてその電力購入者に負担してもらうような、顔の見える責任感のある取引関係を、この際作ったらいいのではないだろうか。
類例を言えば原子力である。もし原子力が安くてクリーンな電力と認識するなら、他の電源との強制抱き合わせ販売はやめて原子力だけを切り出して、原子力発電メニューとして販売するのが筋だ。電力を混ぜ合わせて、単なるエネルギーとして合わせ販売し、後から(いつのものだか分からない)環境価値証書のようなものを売るのは、マーケティングにもなっていないし、トレーサビリティが担保できる技術のあるこの時代には、もはや遅れたビジネスモデルだろう。
太陽光発電のコストは既に、既存電源に伍すものになっている一方、出力調整が行われるようになって、発電事業者の経営はかえって苦しい。出力調整を免れ得る、需給関係が明確な託送のような仕組みを支援することで、良貨こそがリワードを得られる市場に再設計してもらいたいものだ。


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