記事のポイント
- イスラエル総選挙は与野党とも過半数に届かず、連立交渉が焦点になる
- イスラエルは政権交代が起きても強硬路線が続く可能性がある
- 米国では中間選挙と世論の変化が対イスラエル政策の転換点になり得る
イスラエルで10月27日に投票が実施された総選挙(定数120)は、29日に開票作業が終了した。ネタニヤフ首相を支持する陣営も主要野党も過半数に届かず、早くも連立交渉が焦点となっている。今後のイスラエル政治の行方は、イランとの戦争やホルムズ海峡の安全航行にどう影響するのか。イランを中心に中東の政治・外交を研究する文京学院大学の貫井万里准教授に、米国との関係や日本の役割なども聞いた。(聞き手=オルタナ副編集長・京正裕之)

貫井万里(ぬきい・まり)
文京学院大学ヒューマン・データサイエンス学部准教授

【プロフィール】慶應義塾大学大学院文学研究科史学科(東洋史専攻)博士課程単位取得退学。在イラン及び在シリア日本国大使館専門調査員などを経て現職。イランを中心に中東の政治・社会・外交を研究し、ペルシャ語の文献や現地動向に精通する。
――ネタニヤフ首相が率いるリクードが第1党となる見通しですが、与党で過半数に届かないもようです。今回の選挙結果をどのように受け止めていますか(※インタビューは日本時間10月29日に実施)
事前にはネタニヤフ陣営の与党リクードの大敗を予想する報道もありましたが、支持は思ったより堅調でした。日本では強硬な指導者という印象が強いものの、イスラエル国内には、ネタニヤフ首相の実務能力や長年の実績を評価する人もいます。連立政権内にはさらに強硬な右派もいるため、比較的現実的な選択肢と捉える人もいるほどです。
イスラエル国内では、イランへの攻撃や、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの指導者への攻撃に対しても一定の評価があります。一方、人質の命を顧みないパレスチナへの強硬作戦や汚職問題への批判もあり、野党で有力な対抗馬のアイゼンコット氏(元軍参謀総長)が変化を求める人々の受け皿になりました。
また、議席を伸ばしたアラブ系政党については、イスラエルのアラブ系市民にも、「自分たちの存在が否定されかねない」という危機感があり、通常より高い投票率につながったとみています。
ただ、反ネタニヤフ陣営の中にも、アラブ系政党との協力には強く反対する政党があります。仮に野党が大連立に加わる場合、ネタニヤフ氏の退陣が焦点になると思います。一方で、国内の裁判などを抱えるネタニヤフ氏が権力を手放すとは考えにくく、交渉が長期化し、再選挙になる可能性もあります。

■政権交代をしてもパレスチナには強硬路線
――政権交代した場合、ガザやイランへの政策は変わりますか。
アイゼンコット氏も、パレスチナ国家樹立に反対し、ハマスやガザ地区に対しては強硬です。すなわち、政権交代が直ちに和平への転換を意味するわけではありません。イランを安全保障上の脅威と見る認識も、イスラエルの軍や政治指導層に共通しており、根本は変わらないでしょう。
ただし、ネタニヤフ氏が人脈や話術、長年の経験を用いて米国を対イラン戦争に引き込んだとされているのに対し、他の指導者が同じ手腕を持っているとは思えません。アイゼンコット氏が首相になった場合、国際社会の批判やイスラエルの孤立について、より考慮すると思います。イランへの備えは続けても、米国を動かして大規模攻撃を率先するという姿勢は変わると考えます。
――イラン戦争を経て、中東諸国とイランの関係はどう変わっていますか。
イスラエル側は元々、自国に都合のよい体制が生まれることを期待して、イランの指導部を攻撃したと考えられます。しかし、結果としてイランの穏健な勢力が弱まり、イスラーム革命防衛隊という、より強硬な勢力が台頭しました。その意味で体制転換の狙いは失敗しています。
サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)などにとっても、イランは付き合いにくい相手です。それでも、これ以上戦争に巻き込まれたくないという思いが強く、サウジアラビアはイランへの不満を抱えながらも、対話を続けようとしています。こうした中で、サウジアラビアが、トルコ、パキスタンとの集団防衛協定「メッカ共同防衛協定」を締結したのは注目すべきです。中東の新しい地域秩序を構築する上で重要だと思っています。
■米国ではイスラエル離れが進む可能性
――11月3日の米中間選挙を控え、米国とイスラエルの関係をどう見ますか。
長期的には、米国がイスラエルを特別扱いし、巨額の軍事援助を続けることは難しくなっていると思います。若い世代ではイスラエルに批判的で、パレスチナに同情的な意見が増えています。そして、ガソリン代などが上がる中、多額の費用をかける戦争への不満も出ています。
トランプ大統領を支える宗教右派には強いイスラエル支持がありますが、それが米国社会全体の意見ではありません。生活を重視する人々は戦争の終結を望むでしょう。中間選挙の結果だけでなく、この世論の変化を見る必要があります。今回のイラン戦争が、米国がイスラエルと距離を置くターニングポイント(転換点)になる可能性もあると考えています。
■ホルムズ海峡の安全航行を取り戻すには
■ホルムズ海峡の安定のために日本は何ができるのか

