記事のポイント
- AIの活用が進み、教育のあり方を根本から問い直す時が来ている
- 子どもたちは何を学び、どう社会と関わり自らの人生を切り拓くのか
- そのヒントはMITが講義資料をネット上で無償公開したOCW構想にある
AIの活用が進み、教育のあり方を根本から問い直す時が来ている。子どもたちが何を学び、誰と出会い、どう社会と関わりながら自らの人生を切り拓いていけるのか。そのヒントは米マサチューセッツ工科大学(MIT)が講義資料をネット上で無償公開した「OCW構想」にある。(オルタナ総研所長=町井則雄)

先日、私が企画段階から関わらせていただいている岩手県の岩手町とドワンゴ学園が協働して取り組む教育プログラム「ヒトマチ まちのリアル編集合宿」で印象的な光景を目にした。これは全国から集まった通信制高校の生徒と地元の中高生がチームを組み、地域で活躍する人々に直接インタビューし、記事にまとめる体験型プログラムだ。
オンラインでの事前学習を経て、現地で初めて顔を合わせた生徒たちは、あっという間に仲間となり、地域での学びに夢中になっていた。通う学校も住む場所も学び方も違う。それでも彼らは、ごく自然に肩を並べて学んでいた。
その姿を見ながら、私は四半世紀前のある出来事を思い出していた。
■講義を公開しても、MITの価値は揺るがなかった
2001年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)は、講義資料などをインターネット上で無償公開する「オープンコースウェア(OCW)」構想を打ち出した。世界最高峰の大学が、自らの教育資源を誰にでも開放するという革新的な試みだった。日本でも東京大学や慶應義塾大学などが趣旨に賛同し、講義資料などを公開した。
当時、構想を推進した一人であるMITの宮川繁教授の知己を得、その狙いを直接伺う機会があった。学内には当初、強い反対の声もあったという。それでも踏み切れた背景には、「教授の価値は講義内容そのものを独占することではなく、学生と直接やり取りする双方向の関係性にある。だから講義資料を公開しても、MITの価値は損なわれない」という考え方があった。
あれから25年。MITはQS世界大学ランキングで15年連続の首位にある。それだけでOCWの成果が証明されたわけではないが、教育資源を社会に開くことと、大学として高い評価を保つことが両立し得ることは証明されている。MITの取り組みは、教育機関の価値が知識の独占にあるわけではないことを示す重要な事例である。
そして、私が強く感じたのは、教育資源の公開が生み出す価値の果てしなさだった。インターネットにつながる環境と学ぶ意欲があれば、年齢や住む場所を問わず、世界最高水準の大学の教材に触れ、学ぶことができる。もちろん教材へのアクセスだけで同じ教育経験が得られるわけではない。それでも、学びの機会を大きく広げるイノベーションであったことは間違いない。
■AI時代に「学ぶことの価値」はどこにあるのか
■知識へのアクセスを広げ、経験と出会いを深める
■学びの「常識」を、社会全体でアップデートする

