記事のポイント
- 人為的な気候災害も「天災」と捉えて目を背けるのは日本の宿痾(しゅくあ)だ
- 既存産業の温存を重視する「平行移動」のGXでは真の変革は難しい
- 過剰消費を排し、「脱・成長(デグロース)」へ舵を切る覚悟が求められる
地球沸騰化に伴う気候ショックが世界中を襲うなか、日本社会の危機感は依然として鈍い。気候危機を世界に先駆けて警鐘を鳴らしてきた東京大学の山本良一名誉教授は、「日本人は甚大な被害を受けても、それを不可抗力の『天災』と受け止め、人為的な環境破壊によるものであるという本質から目を背けている」と嘆く。(オルタナ輪番編集長・北村佳代子)

――欧州では七月の猛暑で2万人以上の犠牲者が出るなど、「地球沸騰化地獄」が現実化しました。日本でも今夏、40℃を超える猛暑が相次いでいます。なぜ日本社会には根本的な危機感が定着しないのでしょうか。
日本には、人為的な環境破壊を進めているにもかかわらず、それを「不可抗力の天災」と受け止めてしまう問題があります。
2009年には、COP15(デンマーク・コペンハーゲン)で世界の平均気温上昇を産業革命前から「2℃未満」に抑えるという長期目標が初めて政治合意文書に盛り込まれ、日本もそのターゲットを受け入れて良い方向に動き始めたけれども、2011年に東日本大震災が起きると、震災対応を前に、それまで論じられてきた気候変動対策は頭から吹っ飛んでしまいました。
能登半島地震の後にも豪雨災害が起きましたが、各地で気候変動によって気候災害が甚大化・深刻化しています。
気候災害は、人為的な環境破壊によるものですから、人類がなんとかすれば食い止められるかもしれないのに、それを不可抗力の「天災」として受け止めてしまっています。天災と人為的な環境破壊によるものとの区別ができていないのです。
またもう一つ、北大西洋海流(AMOC)の減速・停止やサンゴ礁の白化、アマゾンの熱帯雨林の消失など、地球沸騰化がもたらしている世界的な大問題の多くが、日本から遠く離れた場所で起きていることも、日本人の危機感が薄い理由だと考えています。
■「大変革しか許されない状況に来た」
■40℃超えの自治体でも危機意識は低い
■日本の学者の多くは「保守的」

