70年代の「サンシャイン計画」を再び、省エネ・省資源を成長産業に

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記事のポイント


  1. ホルムズ海峡問題で、日本のエネルギー・資源供給の弱さが改めて浮き彫りに
  2. 日本は省エネやリサイクルで世界をリードしたが、太陽光やEVでは中国に後れ
  3. ペロブスカイト太陽電池などを、国を挙げて社会実装・事業化する必要がある

今般のホルムズ海峡問題では、エネルギー供給に不安のあることを日本は改めて思い知らされた。ガソリン価格の急騰やナフサ不足に由来するプラスチック製品の調達困難によって、私たちの生活にはさまざまな影響がもたらされたのだ。1970年代のオイルショックを契機に、石油に依存しないクリーンな新エネルギー技術の開発を目指した「サンシャイン計画」の経験を生かして、省エネ・省資源技術を成長産業とすべきだ。(東海大学学長補佐/政治経済学部経済学科教授・細田衛士)

ホルムズ海峡問題で日本のエネルギー供給への不安が浮き彫りになった

興味深いのは、これまでナフサのことなどほとんど知らなかった人々がこの言葉を口にするようになったことだ。これはナフサ不足の生活への影響の大きさを示している。

しかし、1973年の第一次オイルショックの時のような混乱が起きなかったことは喜ぶべきだ。思い起こしてみると、当時原油価格は約4倍に上昇し、そのため翌年には物価が約23%も上がり、日本経済は「狂乱物価」の事態に見舞われた。

生産者は生産者で「千載一遇のチャンス」とばかりに石油を売り惜しみし、消費者は消費者でトイレットペーパーや砂糖の買いだめに走った。日本列島は経済的混乱の極みだった。

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そうしてみると、ホルムズ海峡問題で経済状況が極度の混乱状態に陥らなかったことは、日本経済がエネルギーショックに対する対応力を進化させたと考えることもできる。

だが安心しているわけにはいかない。AIやICTの過剰とも言える利用によってエネルギー需要は伸びるばかりであり、鉱物資源など多くの資源もピークアウトが目に見えている。だとしたら、今こそ日本は省エネ・省資源を実行し、それをビジネスチャンスにつなげるときではないか。

■省資源技術をビジネスに

日本は二つのオイルショックを経験して、「サンシャイン計画」「ニューサンシャイン計画」を策定・実施するなど、省エネ政策の先進国だった。そのお陰もあって、日本は太陽光発電技術だけではなく、その他の省エネ技術でも世界に先んじていた。

ところが、原油価格が下がると省エネ努力はどこかに消え、今や太陽光発電やEVでは中国に大きく後れを取るありさまである。

だが、ペロブスカイトの技術一つとっても、日本の省エネ技術は捨てたものではなく、ビジネス化を図り挽回するのは今からでも遅くない。

省資源政策にしても同じだ。

1970年代には「分ければ資源、混ぜればごみ」の施策を推し進めて「資源ごみ」の概念を定着させ、3R社会を実現させた。これが基点となって日本型の循環型社会、そして循環経済へと施策が進化している。1999年にはEUに先駆けて「循環経済ビジョン」を政策的に打ち出すなど政策的にも先進国だった。

省資源技術についても日本は誇るべきものを持っている。eスクラップのリサイクルでは日本の非鉄精錬技術は世界に引けを取らないし、「ボトルtoボトル」のペットボトルリサイクル技術も最先端だ。最近はポリエステルの水平リサイクル技術も社会実装されつつある。EUに周回遅れどころか、先んじている。

だが、国家的対応、そして国の旗振りの下での省エネ・省資源技術のビジネス化がうまくいっているかというと心許ない。「循環経済行動計画」が発表されサーキュラーパートナーズがバージョンアップしている状況の中、もう一段、国をあげて省エネ・省資源技術の社会実装を強化する必要がある。そう考えるのは筆者一人のみではあるまい。


eijihosoda

細田 衛士(東海大学学長補佐、政治経済学部経済学科教授)

東海大学学長補佐、政治経済学部経済学科教授。1953年生まれ。77年慶応義塾大学経済学部卒業後、同大学経済学部助手、助教授を経て、94年より教授。2001年から05年まで同大経済学部長を務めた。中央環境審議会委員や環境省政策評価委員会委員なども歴任した。

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