記事のポイント
- KINTOの開発会社で働く辻勝利さんが社内文化づくりを推進する
- アクセシビリティの専門チームを設けず各部署への浸透を目指す
- 開発の初期から当事者が参加するインクルーシブデザインを進める
トヨタグループのKINTOテクノロジーズでアクセシビリティを推進する辻勝利さんは、あえて専門チームをつくらない。専門家だけに任せるのではなく、各部署が自ら考える文化にしたいからだ。毎週の「雑談」や、開発の初期段階から当事者と一緒につくる取り組みを通じて、社内への浸透を図る。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長=伊藤芳浩)

■「専門チーム」をあえてつくらない
辻さんは、アクセシビリティを推進するための専門チームをあえてつくらない。
「専門チームをつくって『この会社のアクセシビリティはこのチームで頑張るぞ』というのは、意気込みとしては素晴らしい。でも、そのチームの人たちだけが考えればいい、と他の社員に思われてしまう可能性があります」
これまでの職場では、専門チームと他部署との間に溝が生まれる場面も見てきたという。
「僕は、みんなの隣にいるアクセシビリティの専門家でありたい。特別なことではなく、身近なアクセシビリティが大事なんです」
辻さん自身は、各部署の課題解決を支援する「Engineering Office」に所属する。アクセシビリティについて他部署に指示する権限はない。
「私が『こうしろ』と言ったから従わなければならない、ということもない。ただ、文化をつくるために、いろいろな部署へ顔を出す権限は持っていると思っています」
■「雑談」から始めるアクセシビリティ
社内への浸透策の一つが、毎週開く「アクセシビリティミーティング」だ。講義形式ではなく、あえて「雑談」の場にしている。
「講師が一方的に話す形式だと、やる側もネタが尽きるし、聞く側も眠くなる。だから、とにかく雑談でいいから、アクセシビリティを身近に感じてもらおうと思ったんです」
参加者はまだ限られるが、この場をきっかけに社内の案内ページが改善されるなど、変化も生まれている。
この「雑談の輪」に集い続ける仲間がいる。彼らは、どんな入り口からアクセシビリティに出会ったのだろうか。
エンジニアの谷郁弥さんは、前職でアクセシビリティについての書籍の輪読会をしていた。「エンジニアの世界では『こういう手法がいい』という定石のようなものが共有されています。でも辻さんに『それ、正しくないし、伝わっていないよ』と言われた。書籍やカンファレンスだけでは、絶対に届かない知識でした」という。
■開発の「最初から」一緒に
辻さんたちが重視するのは、完成後に当事者へ確認を頼むのではなく、開発の初期段階から一緒につくることだ。
「『聞きたいときにいつもそこにいる人』と『聞きたいことをまとめて聞く人』の違いです。同僚なら、質問したくなったその瞬間に声をかけられる」
デザイナーの守谷絵美さんは、この進め方をインクルーシブデザインとも重ねる。
「隣に障害のある人がいる状態で、最初から一緒につくっていく。それが、間違いなく使えるものにつながる。方法論としては知っていても、視覚障害の当事者と一緒に働くのは初めてで、ようやく『答え合わせ』のようにできています」
技術広報の村山結香さんも、AIを使ってサイトをつくり、途中段階から辻さんに確認してもらった。
「一人では気づけない視点を指摘してもらって、直したものをまた見てもらった。初めてアクセシビリティに関われた気がしました」
辻さんにとっても完成後の「チェック役」から関わり方が変わった。
「今は、自分が何か言えば、もっと良くなるかもしれないという段階で声をかけてもらえる。それがすごくやりがいになります」
■障害は「環境の側」にある
辻さんは今年1月、Engineering Officeなどのメンバーに「障害平等研修(DET)」を実施した。障害者自身がファシリテーターとなり、障害を本人ではなく社会や環境との関係から考える研修だ。
技術広報の竹中快さんに特に印象に残ったのが、「障害は環境の側にある」という考え方だった。
「実際に辻さんと街を歩くと、本当にバリアだらけで。問題があるのは本人ではなく、環境やインフラの側なんだと実感するようになりました」
障害を「その人の問題」ではなく「環境の側の、解決すべき課題」として捉え直す。この視点の転換はこれまでに辻さんが語った「困りごとではなく課題」という言葉ともつながっている。
では、障害のある同僚と「共に働く」とは、どういうことなのか。
(④に続く)



