アクセシビリティの文化をつくる①「なければ困る」を当たり前に

AD

記事のポイント


  1. 車のサブスク「KINTO」の開発会社で働く辻勝利さんの活動を追った
  2. 「アドボケート」としてアクセシビリティ文化づくりに挑む
  3. アクセシビリティを「あればよい」から「なければ困る」ものへ

トヨタグループで車のサブスクリプションサービス「KINTO」などを開発するKINTOテクノロジーズで働く辻勝利さんは、生まれつき全盲の視覚障害者だ。肩書は「アクセシビリティ・アドボケート」。耳慣れないその呼び名は辻さん自身が選んだ。アクセシビリティを「あればよい」から「なければ困る」ものへ――。社内にそんな文化を根付かせようとしている。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長=伊藤芳浩)

KINTOテクノロジーズへの取材の様子

辻さんはウェブアクセシビリティを中心に20年以上のキャリアを持つ。2025年11月に入社したKINTOテクノロジーズは6社目だ。「社内にアクセシビリティの文化をつくる」というミッションは、自ら掲げた。

■自分で名乗った「アクセシビリティ・アドボケート」

なぜ、エンジニアでもスペシャリストでもなく「アドボケート」なのか。辻さんはこう語る。
「アクセシビリティの仕事をしている人は、いろいろな肩書で働いています。でも自分はエンジニアでもないし、スペシャリストと名乗るのも少し違う気がして。もっと違う呼び方をしたいと思ったのが、きっかけでした」
これまで「アクセシビリティエンジニア」「スペシャリスト」「コンサルタント」などを名乗ってきたが、どれもしっくりこなかったという。セミナー用の名刺を作る際、同僚から「アドボケート」を薦められた。

■「白いキャンバス」にひかれて

辻さんがKINTOテクノロジーズを選んだ理由の一つは、社内にアクセシビリティの知見がほとんどなかったことだ。

AD

「視覚障害のある人はみえないのだから『そもそも車のサブスクの利用者ではない』という認識だったと思います。でも、私が魅力を感じたのは、まさにそこでした」

専門家がそろった組織でなく、まだ何も描かれていない「白いキャンバス」だからこそ、一から文化をつくれると考えた。

辻さんの背中を押したのは社内のある反応だったという。アクセシビリティが話題になった際、「視覚障害のある人はKINTOのサービスの利用者にはならない。それなのに、わざわざ視覚障害に対応する必要が本当にあるのか。辻さんが社内で不便を感じているのなら、仕組みは変えず我慢してもらえばいいのではないか」という意見があった。

辻さんはむしろそこに可能性を感じた。

「そういう考えの人がいてもいい。それが現時点のこの組織の標準であってもいい。『これから自分が変えていけばいいのだ』と思えたのは、そこに白いキャンバスがあったからでした」

■「あったらいい」から「なければ困る」へ

これまで辻さんが働いてきた現場では、アクセシビリティは「余裕があればやれるといい」という位置付けが多かった。いわゆる 「nice to have(あったらいいもの)」だ。しかし、当事者の辻さんには違う。

「アクセシビリティは、私にとって、それがないと目的が達成できないライフラインのようなものです。だから『あったらいいね』ではなく『なければ困るよね』というように当たり前のこととして考えられる取り組みに力を注ぎたい」

辻さんが重視するのは「技術で解決可能なことを、運用でカバーしない」という考え方だ。人の善意や我慢に頼るのではなく、仕組みそのものを変えたいという。

かつて、ある家電メーカーが視覚障害者向けに音声案内機能を搭載し、当事者から支持されていた。しかし、別の会社に吸収されると、その機能はコストカットの対象になったという。

「誰かのやさしさに依存して作られたものは、担当者がいなくなったり、会社の方針が変わったりするだけで、簡単に覆されるんです」

やさしさそのものを否定しているわけではない。

「人のやさしさや思いやりは、尊いものです。ただ、アクセシビリティはそれとは別のもの。生きるための人権であり、やさしさではカバーできないものだと考えています」

■アクセシビリティは「スタートライン」

「アクセシビリティは、ゴールだと勘違いされることが多いです。でも本当は、スタートラインなんです」

アクセシビリティが確保されて、初めて製品やサービスを「使える」状態になる。その商品を選ぶか、使い続けるかは、その先の問題だ。

「そのスタートラインにすら、まだ立てていない人がいる。だからまず、みんながスタートラインに立てる組織をつくっていけたらいいと思っています」

■「困りごと」ではなく「課題」として

辻さんには、もう一つ気になる言葉がある。「困りごと」だ。

「『みえないときのお困りごとを教えてください』とよく言われます。でも『お困りごと』は『解決できたらいいね』くらいのニュアンスに聞こえてしまうんです」

辻さんは「困りごと」と「課題」を使い分けている。それがなければ生活や仕事が成り立たない問題は、「困りごと」ではなく、解決すべき「課題」だと考える。

「例えば『性能の悪いパソコンで仕事が進まないから新しい機種が欲しい』というのは『困りごと』ではないですよね。自分の仕事を100%やるために解決すべき『課題』です。私たちが求めているのも、そういうことなのです」

筆者も、きこえない当事者として、この区別には共感する。障害の種別は違っても、解決したいのは「困りごと」ではなく、「課題」だ。

そして辻さんには、もう受け入れないと決めた「役割」がある。(②に続く)

itou

伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

執筆記事一覧
キーワード:

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。