記事のポイント
- 米政権がICCへの制裁をさらにエスカレートさせる可能性を米メディアが報じた
- ICCの逮捕状も、ICCを支援する国々が協力して初めて効力を発揮する
- ICCを支えるために、日本に期待されることを慶大オステン教授に聞いた
トランプ政権がICC(国際刑事裁判所)への制裁をさらに強める可能性があると米メディアが報じる。ICCはプーチン大統領やネタニヤフ首相などに逮捕状を出しているが、それらが効力を発揮するにもICCを支援する国々の協力は欠かせない。ICCを支えてきた日本に期待されている役割は何か。慶應義塾大学・国際刑事司法研究所所長のフィリップ・オステン教授に聞いた。(聞き手=オルタナ輪番編集長・北村佳代子)
トランプ政権がICCの赤根所長を制裁対象に加えて以降、国際人権NGOや赤根所長の教え子らが共同で立ち上げた制裁撤回を求めるオンライン署名は、2026年9月21日時点で17万筆を超えた。そのような中、トランプ政権がさらに制裁をエスカレーションし、ICC自体に制裁を課す可能性があると米メディアが9月20日(現地時間)に報じた。 ICCを支えるために、日本に期待されていることは何か。慶應義塾大学・国際刑事司法研究所所長のフィリップ・オステン教授の見解を紹介する(インタビュー実施日は2026年8月28日)。

フィリップ・オステン(Philipp OSTEN)氏
慶應義塾大学・国際刑事司法研究所長
慶應義塾大学法学部教授(国際刑事法・刑法)。日本初となる国際刑事法の講座を担当し、国際刑事法の研究・教育に幅広く携わる。国際刑事裁判所(ICC)や東京裁判、国際犯罪の国内法化などに関する日・英・独の著書・論文多数。ベルリン・フンボルト大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。法学博士(Dr. jur.、ベルリン・フンボルト大学)。ドイツ弁護士。2003年慶應義塾大学法学部専任講師、准教授を経て2012年より現職。2026年に慶應義塾大学で開設された国際刑事司法研究所(兼ICCアジア太平洋学術ネットワーク事務所)所長に就任。
(参考)オステン教授へのインタビュー記事の第1回はこちら(↓)
米政権のICC制裁「赤根所長にとどまらないおそれ」と慶大オステン教授
■ICCの実効力は締約国の協力次第
――ICCが出した逮捕状には、どのくらい強い効力があるのでしょうか。例えばプーチン大統領は逮捕状が出た後に、2024年にはモンゴル(ICC締約国)を訪問しています。イスラエルのネタニヤフ首相も、2025年にはハンガリー(ICC締約国)に、2026年には米国(2002年のブッシュ政権がICC規程への署名を撤回)を訪問しており、どちらも逮捕には至っていません。
一つにはICCの制度上の問題があります。国内の刑事裁判であれば、例えば被疑者の逮捕や証拠物の差し押さえなど、強制力を持った命令が出たら、それを実行に移す警察などの強制執行力が働きます。しかし、国際刑事司法には、そうした警察力や執行機関が存在しません。それゆえ、ICCは「手足のない巨人」と言われることもあります。
ICCの締約国になれば、ICCの逮捕状を執行する義務を負うことになりますが、実際に執行するかどうかは、締約国の協力に依存せざるを得ません。協力を拒まれたら、ICCとしてはほとんど何もできないのです。
実際、モンゴルはICCの締約国ですが、プーチン大統領がモンゴルを訪問した際に、逮捕・引き渡しとまではなりませんでした。締約国としては本来、ICCの要請に従う義務はあるけれど、各国の協力姿勢には温度差がある。これが現実です。
モンゴルの場合もそうですが、法的には別の問題も関係しています。プーチン大統領やネタニヤフ首相などの国家元首や政府の長クラスの立場にある人は、一般国際法上の原則として、在任中、他国による訴追・処罰から免除される特権があります。英語ではimmunity(イミュニティ)と言います。
この訴追・処罰から免除される特権に関しては、ICC設立条約であるローマ規程では、やや曖昧な規定ぶりもありますが、基本的にはいかなる場合においても免責は認めていません。すなわち、ICCとの関係においては、被疑者の公的な地位は一切関係なく、訴追・処罰からの免除は認められないのです。
現在、フィリピンのドゥテルテ元大統領もICCで裁判にかけられています。在職中の行為(人道に対する犯罪)が対象になっていますが、ICCはいかなる地位であっても免責は認めないというスタンスを取っています。
また、ICC設立(2002年)前の国際刑事法廷でも、たとえばルワンダ国際法廷ではルワンダ虐殺の指導者たちを、旧ユーゴスラビア国際法廷ではミロシェヴィッチ元大統領などを訴追・処罰の対象としていました。
こうした実績からも、ICCのような国際的な裁判所による訴追・処罰に関しては、中核犯罪に関与した国家元首等の免責は認められない、とする見解が有力視されています。
モンゴルは相反する二つの法的な要請の間に挟まれ、葛藤に陥った結果、「一般国際法上の免除を認めざるを得なかった」との見解を出し、プーチン大統領を逮捕しませんでした。ICC規程に鑑みれば、これは締約国としての協力義務を果たさなかった、ということになります。
■「ジェノサイド条約」は北朝鮮やロシアも批准
――各国のICCへの協力姿勢に温度差がある中で、日本に求められていること、日本国民としてできることは何があると考えますか。
寄付や署名などの活動も大きな力になりますが、赤根所長から力強いメッセージが出ていたように、ICCの役割の重要性を正しく認識すること、そして「法の支配」という理念を大事にすることが重要です。日本が国内法の次元においても、法の支配を維持し貫徹し続けることが、国際社会における法の支配の強化につながります。
日本はアジアを代表する法治国家です。その日本が、法の支配の重要性を積極的に発信していくことが、究極的にはICCを支えていくことにつながります。
ICCは、世界の万能なスーパー裁判所ではなく、法の支配を担保する最後の砦です。戦争犯罪やジェノサイド罪を本来訴追・処罰しなければならないのは各国の国内の刑事司法機関です。国家による訴追が機能しないときにはじめてICCが出ていくことになる。これがICCの「補完性の原則」です。
この補完性の原則が前提になっていることを考えると、日本がICCに対して、より実質的かつ力強く協力していくためには、ジェノサイド罪や人道に対する犯罪などの重大な犯罪を、日本の国内法に基づいて自ら適切に訴追・処罰できるようにすることが要請されているといえます。
――赤根智子所長は2026年8月26日に開催された日本記者クラブの主催でオンライン記者会見の中で、日本がジェノサイド条約に未批准であることに言及し、「恥ずかしいレベル」と指摘されましたね。
はい。日本の国内法には、ジェノサイド罪や人道に対する犯罪のような法概念が存在せず、適切な処罰規定もありません。赤根所長が日本の未批准が「恥ずかしい」と指摘した「ジェノサイド条約」は、世界153カ国が批准・加入しており、北朝鮮や中国、ロシアも締約国に含まれます。
要するに、ICCが対象にしている国際刑事法上の重大な犯罪を適切に訴追・処罰するための国内法整備が、日本では実はまだ不十分なのです。
日本はICCの加盟国の中で最も多くの分担金を拠出しており、また赤根所長を含め、これまで3名の裁判官も送り込んでいます。これまでのICCへの貢献は実に大きいといえます。ただ、経済的・人的な支援だけでなく、自らの国内法を整え、日本の国内裁判所でも実効性のある訴追・処罰体制を備えておくことが、日本にとって将来への備えにもなり、またICCを支える最も重要な貢献になります。
■学術機関によるICC支援の輪が広がる
――ICCを巡る動きが注目される中で、国際刑事司法研究所が2026年6月に開設されました。当研究所は、どのようにICCを支援していくのでしょうか。
学術機関においてもICCを支える動きが進んでいます。日本では慶應義塾大学・京都大学・同志社大学・一橋大学・宇都宮大学の5大学が、ICCとの間に正式な協定を結びパートナーシップを構築しました。ほかにソウル大学など韓国から4大学と、モンゴルからモンゴル国立大学が加わり、日・韓・モンゴルの3か国から計10大学が「ICCアジア太平洋学術ネットワーク」を立ち上げ、昨年からフォーラムの開催などさまざまな学術活動を通じて、ICCを支える体制を構築しています。
私が所長を務める慶應義塾大学・国際刑事司法研究所は2026年6月に開設したばかりですが、研究所としての研究・教育活動に加えて、ICCアジア太平洋学術ネットワークの事務所も兼ねています。私たちも赤根所長と同じように、決して揺らぐことなく、研究・教育・対話を通じて、学問の力をもってICCを中核とする国際刑事司法をこれからも支援していきます。
アジア太平洋は55カ国中ICCの締約国が19カ国と、他の地域に比べてICC締約国の数が極端に少ない地域です。ICCに対する制裁がエスカレートした今こそ、アジアでの国際刑事司法の普及の重要性は高まっています。研究所としても、学術ネットワークとしても、これからもアジア各国でのICCへの理解の増進や加盟拡大に貢献していきたいと思います。

