記事のポイント
- 米国のDEIは対外発信と実務に差が見られ、欧州は制度整備と報告負担の軽減が並行。日本は公表義務が拡大した
- アンコンシャス・バイアスは、善意の配慮でも社員の挑戦機会を奪いかねない
- DEIを定着させるには、制度だけでなく仕組み化と小さな行動の積み重ねが重要だ
オルタナは8月19日、サステナ経営塾22期第4回を開いた。第1講には、社員が20万人いるグローバルIT企業で17年にわたり現場の声を活かした施策を推進してきたダイバーシティ推進コンサルタントの前田京子氏(アーク・アンシェル代表)が登壇。「企業のDEI推進」をテーマに、世界の最新動向から「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」の克服、そして社内を動かす実践的なアプローチが語られた。

・米非営利団体カタリストとニューヨーク大学ロースクールのメルツァー・センターが、2026年1〜2月に米国の中・大規模組織の従業員2,267人を対象に実施した調査によると、勤務先が「対外的にDEIからの後退姿勢を示した」と回答した人は55%だった。一方、「実際にDEIの取り組みを縮小した」と回答した人は34%にとどまった。この調査を例に挙げ、前田氏は、企業が対外的にDEIからの後退姿勢を示していても、必ずしも社内の取り組みまで縮小しているとは限らず、発信内容と実態を分けて捉える重要性を説明した。
・一方、欧州では、男女間の賃金格差の是正に向けた制度整備と、企業の報告負担を軽減する規制の見直しが並行して進められている。EU賃金透明性指令は2026年6月7日に加盟国による国内法化の期限を迎え、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)については、報告義務の対象企業を絞り込む改正が行われた。
・日本でも2026年4月1日施行の改正女性活躍推進法により、常時雇用する労働者101人以上の企業に男女の賃金差異と女性管理職比率の公表が義務付けられた(301人以上の企業は、賃金差異に加えて女性管理職比率が新たに必須となった)。前田氏は「『やっている感』を出すだけの看板のDEIは終わり、データと事業戦略にひも付く『実質』だけが生き残る」と警告する。
・DEIが進まない本質的要因として、アンコンシャス・バイアスが組織の意思決定に入り込むリスクを指摘する。特に現場でよくありがちな例として挙げたのが、「育休復帰したから負担の軽い業務にしよう」「幼い子がいるから出張は打診しない」といった上司の「善意の配慮」だ。
・当事者に意思を確認せずに決定してしまうことで、本人の挑戦の機会やキャリアの可能性を奪い、モチベーションの低下や離職につながることもある。前田氏は「『普通はこうだ』『自分はこうしてきた』と思ったときこそ要注意だ。『本人に直接確認する』ことが欠かせない」と指摘する。また、無意識の偏見を個人の意識だけで克服するのは限界がある。そのため、採用や評価の「仕組み」そのものにバイアスの影響を抑えるプロセスを組み込む重要性を強調した。
・前田氏は自身のDEI推進活動を振り返り、「最初は思ったように施策が進まなかった。自身が担当でなくなった途端に長年続けた施策が立ち消えてしまった苦い経験もある」と明かす。こうした経験を踏まえ、社内でDEIを進めるために実践してきた取り組みの中から「社内を動かす4つの工夫」を紹介した。
・1つ目は、外部評価の項目や設問を活用し、実施する施策の優先順位を客観的に判断することだ。
・2つ目は、外部メディアや表彰団体からの評価を社内に伝える「逆輸入作戦」だ。経営トップや社内の関係者に自社の取り組みの価値を改めて評価してもらい、施策をさらに推進するきっかけにすることも有効だという。
・3つ目は、人を集めるだけでなく、すでに人が集まる場に出向くことだ。新入社員研修や役員会議など、定期的に開かれている場に10〜15分のコンテンツを「間借り」することで、一から場をつくる負担を抑えられる。熱意を持った担当者が異動しても施策が続くよう、運営の負担が少なく、継続して取り組みを進めやすい仕組みを考えることが大切だという。
・4つ目は、理解者や支援者(アライ)とつながることだ。前田氏は、「知識がないから当事者に『教えて』と聞き回った。弱みを見せて等身大の自分を見せることで、かえって人が集まるようになった。気張りすぎなくてもいい」と語った。
・さまざまな人に相談することで、新たな視点や助言を得て、施策を見直すことができる。相談相手が協力者となり、一緒に施策を進める仲間になることもある。仲間の存在が担当者の支えとなり、みんなで考え、協力することで施策の内容も充実していくとして、周囲と「つながる」大切さを強調した。
・講義では、若手社員が管理職の過密な予定表を見て「自分には耐えられない」と管理職への道を諦めてしまうリアルな現場の声も紹介された。予定が隙間なく埋まる様子を「テトリス状態」とも表現した。前田氏は「制度を作るだけでは不十分で、運用で止まってしまう。だからこそ、当事者支援にとどまらず、管理職自身の働き方や過密スケジュールそのものを改革し、誰もが働きやすい、次世代が『めざしたい』と思える職場に変えていく必要がある」と語る。
・前田氏は最後に「ダイバーシティ推進は特別な人のための活動ではない。日常の意思決定を少しずつ変えること、そしてディスカッションしただけで終わらせず、やれることからやるスモールスタートで行動に移すことが大切だ。気づいた人から職場は変わっていく」と呼びかけた。



